303部の傘下についていた角田親衛隊の隊長、加藤仁がそこに倒れた。
澤井太郎が加藤に近づいて、言った。
「一日の長だ、覚えておけ」
そして鹿島一樹は、ジアンナを抱き起こし、そのままお姫様抱っこの形になった。

ジアンナ・メル・ミラージュは、その後、秘密裏に一樹の自宅に行ったそうだ。
この話は、彼女が聞いた一樹の過去の話である。

 

ビーストテイマー 1

 

「緑茶と紅茶、どっちが好きだ?」
一樹は、ジアンナに聞いた。
彼女は、一樹の部屋に通されて不思議そうに周りを見回していた。
「紅茶」
ジアンナが言って、一樹は紅茶のパックを探し始める。
「コーヒーって言っても良かったんだぜ」
ジアンナは、ゆっくり首を横に振った。

一樹が入れた紅茶を一口飲んで、彼女は部屋に置いてある物を見た。
そこで、特に光り輝くものを見つけた。
「金色だ」
思わず口に出してしまったことを、恥ずかしく思ったのか、ジアンナは顔を背けた。

トロフィーだった。
その隣に、写真立てがあった。
写真立ての写真には、幼い頃の一樹と、もう一人の男性が犬や猫を従えて写っていた。
年はそれほど行ってなさそうだから、一樹の父ではなさそうだ。
兄がいたのか?
「それは“ドキッ、若者だらけの全国アニマルダッシュレース、ポロリはないよ”の優勝トロフィーだ」
「嘘」
「…………」
一瞬で嘘を見破られてしまった一樹だった。
「まぁ、正式な大会名は知らないが、犬を調教してレースさせるんだ。
そういう大会があるんだよ」
「一樹が優勝?」
一樹は、首を振って、ジアンナのアダプターをコンセントに挿した。
充電をしなければ、話の途中で電源が落ちてしまうかもしれない。
「その写真の兄さんが取ったのさ。
トロフィーの価値が分からなくて、見ず知らずの子供の俺にくれたんだ」
懐かしそうに遠い目をしている一樹の顔を、ジアンナは首を傾げて見ていた。

一樹は、立ち上がり、部屋の窓を閉めた。
「その兄さんが、動物が好きでね。様々な動物を操ることが出来た」
ジアンナは「結局、見ず知らずの子供じゃないじゃん」と思っていた。
が、キャラではないので、口には出さなかった。
「それで?一樹は、その人に憧れて動物を従えてるの?」
「従えてるわけじゃないさ……ただ、話が出来て、友達になれるだけだ」
そして、友達は俺のために力を貸してくれる、と彼は言う。
「俺にとって、一番落とすのが難しかったのが、ジェームズだった」

彼は、過去の話を語り始めた。

 

「優勝して、トロフィーなんかもらっても、余り嬉しくないよ」
若い男性が、笑っていた。
彼が表彰台から下りると、彼が“仲間”と呼ぶペット達が集まってきた。
「おまえら最高だぜ!!」
若い男性が仲間達を抱いたり、撫でたりするとそれぞれ鳴き声を発する。
「餌を奮発しろだと!?ちっ、わかったよ!!」
一匹の犬が、前足でべしりと、彼の足を叩いた。
「舌打ちなんかしてねぇーって!!」

彼が、大会会場から出ようとしていた時、眼前に、一組の母子が現れた。
子供は、母親に抱かれていて、なんだか気分が悪そうだった。
「おい、顔色悪いぞ。こんな所で観客してねぇで休んでろ」
男が言うと、犬がまた彼の足を叩いた。
「む」
母子は、男が言われたとおり、そのまま会場を出て行こうとした。
が、母親に抱かれた子供が、手を伸ばして「わんわん」と言っていた。
「ちょっと」
男は、その母子を呼び止めた。

その母親は、子供を下ろして振り返った。
子供は顔色が悪いし、母親の方は、目の下に隈がある。
「ほら、行ってこい」
男は、自分の犬にそう囁いた。

犬は、子供の方に寄って行って、子供に体をすりつけた。
子供は大喜び、犬を撫でていた。
「あなた、この子のお母さん?」
「はい」
「ふん。ふざけた態度だな」
そこにいた動物達の誰もが「おまえの方が、不愉快な態度だ」と思っていた。
「本当に子供を助けたかったら、あなたは、少しでも休んでいたほうがいい。
助ける奴が倒れてどうするんだ」
母親は、全てを言い当てられたような気分だっただろう。

事実、その子供は、いつ死んでもおかしくない病気にかかっていて、
母親は、その看病のために、入院している息子を毎晩寝ずに見ていたのだ。
「少年、名前は?」
男が子供に聞いた。
「一樹だよ」
その少年こそ、通研のビーストテイマーこと、鹿島一樹だったのだ。
「俺は、本城牧奈。女みたいな名前だろ?」
鹿島は、まだ子供だったので、そうも思わなかった。

牧奈は、一樹にトロフィーを渡した。
「やるよ。俺には、それの価値が分からん」

一樹は、とにかくその時は、喜んでいた。
一樹にもトロフィーの価値は、分からなかったが、小さい子供のだいたいは、光物が好きなのだ。
そのとき、会場に来ていたカメラマンが、二人を撮ったのだ。
「おい、そこ!!」
牧奈に怒鳴られて、カメラマンがびくついた。
「撮るんなら言えよ!!」
牧奈は、一樹を引き寄せ、カメラマンの方を向いた。

 

その一ヵ月後、一樹は手術を終えて、退院していた。

その頃はすでに、彼は牧奈のことは、忘れていた。
一樹は、小学校に通って、授業を受ける繰り返しの毎日に飽きていた。
もう一度、牧奈のことを思い出していれば、ここで彼の人生が変わっていたかもしれない。

普段どおり、学校の放課後、家路に着く。
何も考えずに、何も思わず、何も喋らず、そのまま家に帰る。
その帰路の途中で何が起きていても、何かが抜けてしまったように、彼は無関心だった。
だからだろうか。
彼は、見ず知らずの河川敷にいた。
「あれ?」
不思議だった。

何も考えずに歩いて家に帰る。
それだけのはずなのに、彼は道を間違えていた。

一樹は、あたりを見回す。
こんな場所、自宅近辺には、なかったはずだ。
この短時間で、そんな遠くまで行けるはずがない。
ならば、これは
「夢か……」

芝の上を歩き、一樹は、また考える。
どこで道を間違えたのか―――どこで何を間違えたのか。
太陽が西側の地平線に、消えようとしている。

その時、一樹は驚いた。
夕方だと思ったはずが、一瞬で、まばたきの間に真夜中になっていたのだ。
「目が覚めないな。やっぱり夢じゃないのか?」
一樹は、次第に焦ってきた。

河川敷から出て、公道を見つけた。
車も通ってるし、人も歩いている。
だが、何かが不自然だ。何かが足りない。
「あれ?一樹か?」
後ろから男の声がした。
一樹が振り返ると、そこには一ヶ月前に出会った男がいた。
「あ」
「もしかして、俺のこと忘れてるのか」
「牧奈……」
「覚えてたか。よかったよかった」
牧奈は、一樹を見て、首をかしげた。
「なんだ、今日は、一人か?っていうかこんな時間に出歩いていいのか」
「学校から帰る途中だったんだけど……」
「ふぅ〜ん」
一樹は、そのまま歩き出した。
どうせ夢なんだ。
何をしてもいいだろう。
「ちょっと待てってば」
牧奈は言いながら、一樹の隣を歩く。

一樹は、今しがた起きている事実と、自分なりの考察を説明してみた。
牧奈は、笑いながら、言った。
「夢じゃないだろ、俺だっているんだから」
子供だった一樹には、もう少し言いかかるということが出来なかった。
今のままでは説明不足だっただろう。
当時の一樹の能力では、言葉にすることが出来なかった。
「いきなり夕方から真夜中になったってのは、単に一樹がぼーっとしてただけじゃないのか?」
確かにそうだな、と当時の一樹は思っていた。

牧奈の言うことは、とりあえず信じておくことにした。
そして、一樹はふと思い出した。
というか今まで気にならなかったのが不思議である。
「早く家に帰らないと、怒られちゃう。どうしよう……」
一樹は、牧奈に自宅の住所を言って、どっちに向かったらいいか聞いた。
牧奈は、案外簡単に答えてくれた。
「だけど、こんな時間から帰れるのか?」
「大丈夫」
「その住所の場所は、それほど近くないぞ」
一樹は、あたりを見回した。
街灯があったり、時計が掛かった柱があったりする。

一樹は現在時刻を知りたかったが……。
「おかしい。あの時計、見える?」
「ん?」
牧奈は、一樹に言われた方向を見たが、首を傾げて、言った。
「時計なんかないじゃんか」
そのとき、一樹はさっきの違和感を理解した。
「時計が……ない?そんな、そこに……」
再び、柱にかけられた時計を見た。

時計はある。牧奈が気づいていないだけだろう。
しかし、時計の時刻が読めない。
針がある、アナログ時計が、その針が指している方向まで見える。
が、時間が読めない。
いや、分からない。

小学生の一樹でも、時計の見方ぐらい分かっている。
しかし、異常だった。
「時計を持っているか?」
一樹は、びくびくしながら、牧奈に聞いた。
しかし、牧奈は、再び首をかしげた。
「時計?なんだそれ?」
牧奈は、微笑していた。

 

次に目を開けたとき、そこは一樹の部屋だった。
一樹は自分がベッドに寝ていることに安心した。

目覚まし時計を見ると、針も見えるし、時間も分かった。

夢だったが、いい経験をした。
これまであんな夢を見たことがなかった。
それでも、夢の中で牧奈に出会うとは。
「開けてくれ」
突如、男性の声がして、部屋の中を見回す。
しかし、誰もいない。
それに、いたとしたら「開けてくれ」なんて言わないだろう。
コツンコツンと小さな音がして、一樹はその方向に目を向けた。

窓の外で、灰色の猫がうずくまっていた。
ベランダから、顔を上げて小さな手で、窓を弱弱しく叩いていた。
「開けてくれ」
一樹は、自分の耳を疑った。

しかし子供であった彼は、驚きもせずに窓を開けてやった。
するとその猫は、一樹の部屋に入るなり、バタリと倒れた。
「おい!!」
「早く窓を閉めろ!!」
一樹は言われたとおり、窓を閉めた。
「おまえ、どこか怪我してるのか?」
「そうかもしれない……少し診てくれ」
一樹は、猫の体に触れ、どこかに傷がないか探した。
「俺、鹿島一樹っていうんだ。おまえは?」
「ふん、おまえに名乗る名は、ない」
猫はぶっきらぼうに答えて、寝てしまった。
「おまえ、なんで喋れるんだ?」
一樹が言うと、猫は一樹の目を見つめた。
「それは俺が聞きたい。何故俺の言っていることが分かる?」
一樹が猫の体を触っていると、腹にある傷に当たった。
「ぐぁっ!!」
「あ、ごめんね」
「もっと優しくしろよ!!」

一樹の部屋のドアを、誰かが叩いた。
猫は、音に驚いてベッドの下に隠れてしまった。

ドアは開かずに、声だけが聞こえた。
「一樹?友達が来てるの?」
母親だった。
「う、うん。友達が来てるよ」
「何君かな?」
一樹は、猫を見た。

困った表情をしながら、見た。
「ジェームズだ」

猫は、ベッドの下から小さな声で言った。
「ジェームズが来てる」
「あだ名で言われても……」

一樹は再び猫を見て「せめて和名を!!」と言った。
「えっと……零弐奈々香」
「れいにななか?おまえ男だろ?」
「いいんだよ!!」
一樹は、再びドアに目を向けた。
「奈々香ちゃんが来てる」
「まぁ」
母親は、高い声を上げて、驚いていた。

逆効果だったかもしれない。
ドアを開けて入ってきてしまうかもしれない。
「奈々香ちゃん、ごめんなさいね。それじゃ、一樹、がんばって」
何をがんばれと?

母親がドアから離れていく音が聞こえた。
一樹は猫を抱き寄せた。
「痛っ!!」
「あ、ごめん」
一樹は、猫をベッドに寝かしてやった。

そういえば、ジェームズという名前があった。
飼い猫だろうか?
「おまえ、飼い猫か?」
「いや、今は野良だ」

今は、ということは、過去に、飼い猫の経験があるのだろう。
ジェームズという名は、そのときに付けられたのだろう。

その灰色の猫、よく見ると子猫だった。
飼い猫を経験していたとは思えない。
「しばらく休ませてくれ。そしたら出ていく」
「うん、わかった」

しかし、この二人の関係は、そこで終わることはなかった。

 

To be continued…