一樹と出会ったジェームズは、そこで傷を治してもらった。
案外、怪我は軽く、消毒して布を当てるだけで十分だった。
灰色の猫ジェームズが、部屋から出て行くとき、一樹は言った。
「もう無茶すんなよ」
ジェームズは、振り返って、怪訝そうな表情をした。
「おまえ、俺の何を知ってるんだよ」
ジェームズは、背を向けてベランダの端に行った。
「生意気な子猫だってことだけ、覚えておくよ」
「おまえも餓鬼にしては、生意気だ」
「ジェームズ」
一樹は、聞く。
「おまえ何歳だ?」
「人間でいうと、十五ってところだ」
「なるほど、俺より経験豊富なわけだ」
「そうでもないがな。それじゃもう二度と会わないだろうけど」
「ああ、じゃあね」
その瞬間には、すでにジェームズはベランダから飛び降りていた。
「あいつ大丈夫か?」
ビーストテイマー 2
小学校を卒業し、中学校に上がった一樹。
中学校からは、有名な一貫校に通い始めた。
帝真学公課総学科である。
ここから、彼はその類稀ない才能を発揮していく。
手始めに、登校中、学友を驚愕させた。
「あ」
「どうした?」
「忘れ物した」
「何を?」
「筆箱……」
「あーあ。じゃあ貸してやるよ」
「ん」
一樹は、その日、筆箱を家に忘れていた。
部屋の窓を開けていたことを思い出す。
「大丈夫だ」
「いや、遠慮するなって」
学友が笑いながら言った。
一樹は突然、指笛を吹いた。
学友は「おまえ何やってんの?」と怪訝そうに聞いたが、その次の瞬間には驚いていた。
なんと、犬が現れたのだ。
そして、一樹の前で座ってみせた。
「ホーガン、俺の筆箱わかるか?」
すると、その犬は「わん」と吼えた。
一樹の学友からは、そう見えた。
一樹には、ホーガンが「また忘れたのかよ!!」と言ったのが聞こえる。
「悪いが取ってきてくれないか?」
「わん!!(忘れたあんたが悪い)」
「いや、そりゃ、確かにそうだけど……」
「わんわん!!(俺はあんたのミスに付き合いたくないね)」
「わかった、わかったから!!じゃあ、他の奴に頼むよ……」
「わん!!(は?なんだよそれ……しょうがねぇな、俺が行ってやるよ)」
「え?本当か?行ってくれるのか?」
「わふん(おまえの為に行くわけじゃねぇぜ。それと、今日の肉は弾めよ)」
「食い意地張りすぎだぜ。わかった、帰ったら用意しておく」
一樹が言い終わると、ホーガン(犬)は、走って去っていった。
「おまえ、頭大丈夫?」
学友に言われた。
「大丈夫だよ」
数分歩いて、学校の校門前に到着したとき、そこにはさっきの犬がいたのだ。
一樹は、犬に近寄って行き、撫でて何かを受け取った。
学友は、確かに一樹が「ありがとな」と言っているのが聞こえた。
その手には、一樹の筆箱があったのだ。
犬は、一樹に筆箱を渡すと、すぐに帰ってしまった。
「おまえすげぇな。ビーストテイマーだな」
「その呼び方やめてくれ」
その背後から見ていた女子生徒が、駆け寄ってきた。
バシッと一樹の背中を叩いて、さらにその腕をつかんだ。
「な、なんだ?」
一樹と学友が驚いていると、彼女は、ニヒルな笑顔を見せた。
「見たよ、今の。あんた、ビーストテイマーね?」
「その呼び方やめてくれ。それと、君は誰?」
「私の名前なんて、いつでも教えてあげるわ。
今はあんたの名前が知りたい」
なんという乱暴な女だ、と一樹は思っていた。
「俺は皐月新月。サツキは、難しい方の字で、
マサキは、しんげつって書いてマサキって読むんだぜ」
学友の新月が出しゃばって、ナンパを始めた。
この男は手癖が悪いのだ。
初対面にも関わらず、その女はどこからともなくキーボードを取り出し、
皐月新月をぶっ叩いた。
「あぅおーぅ」
皐月は、そのまま、逃げ出した。
「えっと、俺は、鹿島一樹」
「かしまかずき、ね。覚えたわ。
これから私はドイツに行って、宇宙学を学んでくるけど、
帰ってくるのは、中学卒業ぐらいかしら。
だから、高校生になった時に覚えていてくれれば……」
「ちょっと待ってくれ」
一樹は、まくし立てる彼女を止めた。
「あんた、俺に何の用?」
「あ、三年後、私の仲間の一人になってもらうから。よろしく」
「はぁ?」
「ああ、忙しい忙しい、仲間選びは大変だ」
そう言って、彼女は校舎に入っていった。
一樹は驚いて、口を開け呆然としていたが、その女子生徒が言ったことは、後に現実になるのであった。
結局、一樹はその女子生徒の名前を聞きそびれてしまった。
それが気になって、中学生になって初の授業も頭に入ってこなかった。
一樹は、放課後も皐月と帰宅している。
中学生になって、最初に友達になったのが彼だった。
「一樹ー、今日会ったあの女、おまえの知り合いか?」
「知らないよ」
「なら、なんでだろうな。俺がダメで地味なおまえに声掛けたのは」
地味で悪かったな、と一樹は小さく呟いた。
帰宅途中、一樹と皐月の前を黒猫が横切った。
何か不吉なことでも起こるのだろうか。
と、その黒猫を追うようにして、一匹の灰色猫が走っていった。
「あ」
「どうした?」
一樹は、その灰色猫を見て、走り出した。
「おい、待てよ!!」
皐月も一樹の後に続いて、走った。
「おまえ、急に走って何してんだよ」
一樹の背後から声を荒げながら、追いかける皐月。
一樹はニヤリと笑んで、曲がり角を曲がった。
するとそこは、行き止まりだった。
工事に使ったのだろう、木片や、そのカスが落ちてたり、
工具や金具が散乱しているその場所で、灰色の猫が見ている黒猫は、倒れていた。
「ジェームズ!!」
一樹の声に気づいて、灰色猫は、振り向いた。
「ほぉ、おまえは一樹じゃねぇか。久しぶりだな」
灰色猫、ジェームズは、一樹を見てニヤリと笑った。
「大きくなったな」
「おまえもな」
皐月は、灰色猫と一樹が何かを話していることは分かったが、
何を話しているのか、それは分からなかった。
「一樹、その猫、知り合いか?」
皐月が聞いた。
「まぁな」
ジェームズは、倒れた黒猫を無視して、一樹を見た。
「さて」
ジェームズが鳴いた。
「どういうことか、教えてもらおうか」
一樹には、なんのことか分からなかった。
「とぼけたって無駄だ。俺の仲間を殺したのがおまえだって、そこの黒猫が吐いた」
「なんのことだ?」
一樹が、眉間にしわを寄せ、ジェームズを見た。
皐月は、ただ事ではない雰囲気を感じ取って、二人を交互に見た。
「あのさ、俺、もう行くぜ」
皐月が帰ろうとしたところ、ジェームズが叫んだ。
と、言っても、皐月には猫が哮り立つようにしか聞こえなかったが。
「わ、怖ぇ」
皐月がニヤニヤと笑っていられるのは、動物の殺気を読めないから。
そして空気も読めない。
「どういうことだ?ジェームズの仲間が死んだってことか?」
「殺したのは一樹、おまえだろう?」
「おまえに久しぶりに会ったと思ったら、いきなりそんなことを言われるとは……」
「ふん、そう言っていられるのも今のうちだ」
夕日が沈みかけている。
薄暗い橙色の背景から、いくつもの光りが見える。
一瞬、星かと思ったが、それは違った。
「一樹!!どうなってんだ?」
皐月が先に気づいた。
星光だと思っていたものは、獣たちの瞳の煌きだった。
行き止まりの道だと思っていたが、よく見たら廃屋の前庭だ。
これだけ道が荒廃していれば分からない。
廃屋のベランダの上、そして玄関の柱の陰から、獣達は一樹を見つめている。
皐月が、驚いて後退し、振り返った。
が、その足はそこで、止まった。
「か、囲まれてるぞ」
空気の読めなかった皐月でも、殺気が読めるようになったのだろう、
少しびくついている。
「なんの真似だ、ジェームズ!!」
「人間社会で言う、ボスと呼ばれている……
こいつらは、俺の仲間だよ」
マフィアを気取った猫が。
2、3匹の動物ともなれば、人間なら簡単に抑え込むことが出来る。
だが、ここにいるのは、犬猫をはじめとして、動物達が数十匹いる。
所謂、数の暴力。
一樹は、皐月に鞄を渡そうと、それを差し出した。
「な、なにしてんだよ」
「これを持って走れ。俺の家は、分かるな?」
しかし、皐月はそれを受け取ろうとしなかった。
「俺はおまえの犬じゃねぇんだぞ」
「いや、そうじゃなくて……」
「おまえの言うことなんか聞いてられるか」
「だから、おまえだけで逃げろっての」
「何か策を練るんだよ」
全くもって人の話を聞いていない。
と、会話を続けていると、ジェームズの仲間、動物達が一斉に一樹たちに向かって走ってきた。
一樹は、それでも落ち着いていた。
そして、指笛を吹いた。
リズミカルに、何回か吹いた。
しかし、それよりも速く、動物達が一樹と皐月に飛びついた。
「くっ!!」
「ちょ、俺は関係ないだろ!!」
皐月まで傷だらけにされている。
一樹は、動物達を振りほどくが、それでも何度も飛びついてくる。
キリがない。
そのうち一樹は、地面に倒れた。
皐月は、なんとか逃げ出したようで、その場にはいなかった。
「俺の仲間を殺したその罪は、この場で償ってもらう」
「へっ、いい仲間を見つけたもんだな!!」
体を押さえ込んでいる猫が、一樹の頭を叩いた。
「数の暴力とは言え、痛くないぞ。おまえらやる気あるのか?」
一樹が言うと、次は大型犬に頭を叩かれた。
「ああ、分かった、ここは、話し合いで済まそう」
相当痛かったらしい。
「その必要はない」
ジェームズは、仲間達の間を進み、一樹の顔の前に来た。
「目が覚めたら病院だ」
また殴られた。
「くそっ!!いちいち殴るな……おまえら、こんな奴の部下になって、恥ずかしくないのか?」
一樹は、自分の体の上に乗っている数匹に聞いた。
「人間も、群れてないと何も出来ない。それと何が違う」
中学生の一樹には言い返せなかった。
「群れ、ねー」
絶体絶命の状況だというのに、一樹はニヤリと笑った。
「何がおかしい?」
「いや、彼の言うとおり、人間も群れてないと何も出来ん。
俺も、他じゃない」
その言葉とほぼ同時に、ジェームズの背後で、猫の悲鳴がした。
何事かと振り返ったジェームズだったが、部下が多くて、その先が見えない。
次第に部下達が後退していくのが分かった。
「なんだ、何事だ?」
ジェームズは、それでも焦らずにいつものクールな口調で言った。
ジェームズの仲間達の中央にいたのは、一匹の犬だった。
それほど大きくもないが、小さくもない。
「一樹、どうしたその格好」
「悪ぃな、今朝の筆箱といい、今の状況といい……
また手を借りることになりそうだ」
「ふん」
ホーガンという名の犬は、そこで周りの動物達を睨み付ける。
そして、怯んで後退した動物達の前を進んでいった。
To be continued…