傷を負った一樹と目を合わせるホーガン。
ちょうど目線の高さが同じぐらいだ。

ホーガンが、高い声で吼えると、上空から翼の音が聞こえてきた。
バサッバサッと、音だけ聞けば、とても大きな鳥が飛んでくるように聞こえる。
「目には目を、数には数だ」
そして、ホーガンの隣に、大きな鷲が地をつかむように着陸した。
「まったく、情けない人間だな」
大鷲が、一樹の姿を見て、言うと、その背中からオレンジ色の猫を下ろした。
「おっとぉ?とんだ戦地に降りてしまったみたいだね」
一樹は、オレンジ色の猫を見るのは初めてだったが、今はそれどころではない。
「おまえら、何者だ?」
一樹は言った。

大鷲が、あたりを見回し警戒している。
どうやら、自己紹介は後にしろ、という意味らしい。
「くっ……アンディ、おまえ……こいつの味方をする気か」
ジェームズが言うと、大鷲は、ジェームズの顔を見つめた。

どうやら、大鷲の名前はアンディというらしい。
大鷲、アンディは、翼を一度広げて見せた。
「勘違いするな。俺は雇われただけだ。そいつの味方でも敵でもない」

ビーストテイマー 3

 

一樹には、今この状況がどういうことなのか、まだ分からなかった。
自分のみに危険が迫っていることぐらいしか分からなかった。
「おまえ、何様のつもりだぁ?」
ジェームズの部下の猫が、アンディを睨みながら、近づいていった。
「足元注意だ」
「はぁ?」
と、そのとき、その猫は、突然そこから姿を消した。
砂煙が上がって、そこから猫の悲鳴が聞こえた。
「マイク、余り深く掘りすぎるなよ」
アンディは、足元の何かに言った。
「何をしやがった!?」
ジェームズの仲間達が騒ぎ始めた。
「その人間を放してやれ」
アンディが言った。

ジェームズは、アンディと睨みあい、後ろ足で一樹の頭を蹴った。
が、アンディ達は、ピクリとも反応しない。
「ふん、アンディ、おまえ、この人間が何をしたのか知らないな?」
「知らないな。雇われたのは、ついさっきだ」
ホーガンに頼まれてな、とアンディは付け足した。
「こいつが俺の仲間を殺した」
「ほぉ、証拠は?」
「鹿島一樹がやったと、吐いた奴がいる」
「そうか、それが嘘だってことも疑わないんだな」
「なんだと?」
ジェームズは、振り返って一樹を睨んだ。
「どういうことだ?」
「そいつの言うとおり、俺は何もしていない」
「どういう訳だか、おまえの目は嘘をついているようにも見えないな」
ジェームズは、一樹に近づいて額をつけた。
「ふぅん」
ジェームズは、ひらりと、一樹に背を向けて、仲間たちを見た。
「おまえら、撤収だ」
「え?」
ジェームズの仲間たちは、驚いていた。
「ちょっと待ってくれ!!こいつが犯人なんじゃないのか?」
「そうだぜ?今ここでやらないと、俺たちまで殺される!!」
各々が、ジェームズに言いかかる。

ジェームズは、右手を挙げた。
そして、その手で自分の顔を撫でた。
「わかったか」
言うと、ジェームズの仲間たちは、退いていった。
一樹も解放され、立ち上がった。
ジェームズは、一樹の姿を見て、考えた。
なら、犯人は誰か?
「まったく、汚れちまったぜ。えっと、おまえ、アンディ?」
「ああ?」
「助かったぜ。後で何かやるよ」
「いや、報酬なら受け取った」
「誰からだ?」
「おまえがよく知る人物だ」
そう言って、アンディ達は、帰ってしまった。

残ったのは、ジェームズと一樹。
ジェームズも、一樹を睨み、その場を去った。
「全くとんだ一日だ」

 

一樹は、脱衣所で服を脱いで風呂に入った。
体に湯をかけると、所々痛む。
「人間だからって、容赦なしかよ」
傷を避けながら、体の汚れを流した。

浴槽につかり、考え事に耽った。
ジェームズは、仲間を殺されたと言った。
恐らく、犯人は人間だろう。
だとしたら、動物虐待の罪に問われるのだろうか。

もしかしたら、ジェームズが嘘を吐いていたのかもしれない。
ありえないとも言えないが、今はその線で考える必要は、ないだろう。
一樹に濡れ衣を着せ、襲う理由などが見つからなかった。

一樹の考えが行き詰まり、そのまま浴槽で眠ってしまう。
一樹は、自分の体格で、水中に溺れる事は無いだろうと思った。

 

夕飯の後、一樹は何かに引かれるように、家を出ようとしていた。
親に「どこに行くの」と聞かれて、適当な返答をして、玄関の扉を開けた。
目的地も無く、彼は歩いた。

もうすでに夜の帳が下りている。
一樹は町の郊外に出て、廃工場を見つけた。
「誰かが呼んでいる」
小さく呟き、恐る恐るその中に入っていく一樹。

鉄筋や、ベルトコンベアーなどが散乱している。
その中で、一樹は、何かの気配を感じ取り、その場で振り返った。
「誰だ?」
「そっちこそ誰だ」
「まずは自分から名を名乗れ」
暗がりの中に言う一樹。
「おまえ、俺の言ってることが分かるのか?」
「おまえの言葉は分かっているつもりだが」
「ほぅ、それじゃおまえは、ただ者じゃないな」
暗がりの中から姿を見せたのは、灰色の猫だった。
「なんだ、ジェームズか。また俺を襲いに来たのか?」
「いや、そうじゃない」
ジェームズは、一樹の横を通り過ぎ、工場内を見回す。

所々蛍光灯が明滅していて、薄暗くはあるが、少し見渡せる。
ジェームズは、一樹を無視して進む。
「おい、なんでここにいるんだ?」
「誰かに呼ばれたような気がしてな」
「おまえもか」
ジェームズは、一樹の表情を窺い、下から見上げた。

一樹は、ジェームズの後に続いて歩いた。
が、そのとき、何が起こったのか、その場所は廃工場では無かった。
一瞬、ほんの一瞬だった。
廃工場にいたはずが、また違う場所に来ていた。

しかも、夜まで明けてしまっている。
二人の周りには、石造りの柱が何本か立っていて、地は、大理石のようにつるつるだった。
柱で囲まれた内側には二人、その外側は砂漠。
わけの分からない状況に、二人は顔を見合わせた。
「何かしたか?」
「いや、何も」

どうやら、遺跡のような場所らしい。
何が起こったのか分からないが、とりあえずこの場所は自分達がいた町ではないことだけ分かる。

一樹は柱の外側に出ようと、足を伸ばした。
が、反発されたように、そこから先へは進めなかった。
「な、なんだこれは?」
「くそっ、こっちもか!!」

ジェームズも同じ事を試したらしい。
しかし、どの方向から遺跡を出ようとしても、そこから先には進めない。
と、そのとき、遺跡の奥に椅子があることに気づいた。
「おい、そこの椅子、いつからあった」
「今までは無かったな」
「そうか、これは夢だな」
「だったらいいがな」
ジェームズはぶっきらぼうに答えて、椅子に近づいていった。

その一秒後。
そこには、若い男性が椅子に座っていた。
「な!?」
「えっ!?」
しかもここは遺跡じゃない。

椅子も、パイプ椅子だし、地面は木の板、そして自分たちがいるのは、体育館か何かのステージの上だった。
何が起こったのか分からない。
「ん?君は、鹿島一樹か?」

若い男性が、言った。
「そして君は、ジェームズ?」

若い男性は、近づいてくる。
そして、一樹との距離、約1mの場所で止まった。
「あんた、本城牧奈か?」
「そのとおり」
「そうか、それじゃあこれも夢ってわけだな……」

だが、どこからが夢で、どこからが現実なのか、見分けが付かなかった。
ジェームズは、牧奈を見上げ、睨んでいた。
「おまえ、血の臭いがしている。それも動物特有の臭いがな」

ジェームズが言うと、牧奈はしゃがみこんで、ジェームズを見た。
そしてニッコリ笑って言った。
「物騒だな。俺も一樹と一緒で、動物の言葉が分かるし、動物は好きだ。
それでも、そんな物騒なこと、しないよ」

それでも、ジェームズは、牧奈を疑っていた。
そして、一人と一匹は見詰め合う。
「よし、信じよう」
「ふぅ、よかった」

牧奈は、安堵のため息を漏らし、立ち上がった。
そして、一樹を見ようとした。
「ところで、そこにある犬の屍は、なんだい?」
牧奈が座っていた椅子の後ろ、そこは暗くなっていてよく分からなかったが、
ジェームズの持つ猫の目は、それを見つけてしまった。
「俺の仲間だぜ」
「…………」

牧奈は黙った。
そして、そのまま椅子の前まで戻り、座ろうとした。
「最近、俺の仲間が殺されていたが、それもおまえだったんだな」
「ふふ」
牧奈は、少し笑った。
「おい、まさか、そんなこと……」
一樹が否定しようとしたが、牧奈が椅子に座ったのを見て、止めた。
「鹿島一樹、こっちの世界は面白いぞ」
「どこだって?」
「おまえらが俗に言う、あの世って奴だ」
「どういう意味だ?」
「目覚めたら、北病院へ行くといい。面白いことが分かる」

と言いおわると同時、ジェームズは、牧奈に飛び掛っていた。
が、飛び掛ったと思ったそれは、違った。
壁に思い切りぶつかってしまった。
確かに牧奈に突進したはずだった。
「ジェームズ?何してんだ?」
一樹が言って、ジェームズは、自分のいる場所を見る。
牧奈の前でもなければ、一樹の隣でもなかった。
ステージの壁の前だ。
「見てなかったのか?」
「何を?」
「…………」
ジェームズは、唖然とした。

一樹が気づいていない。
いや、もしかしたら、牧奈とグルなのかもしれない。
「本城牧奈、あんた、何がしたかったんだ?」
「俺か?俺は、特に何も考えてない」
今度は一樹が、牧奈に歩み寄っていった。
その様子を、ジェームズも見ていた。
が、ジェームズは自分の目を疑った。
何が起きたのか、一樹は、自分と同じように、壁にぶつかっていたのだ。
「お、おい、見たか、今の」

一樹は、頭を抑えながら、ジェームズに聞いた。
「ああ、見たよ」
何が起こったのかは分からない。
だが、この場所で、本城牧奈に迫ることは出来ないようだ。
「ジェームズ、君の友達を殺したと言われても、確かにそれは俺が悪い」
牧奈は、話し始めた。
「けどな、それは、彼らと俺が共存するためだった。
しかし、今では俺もこの様、共存も何もないな」
牧奈は言って、その場から消えた。
「なんだったんだ?」
「いや、わからん。だが、奴は許さない……」

ジェームズは、怒りに身を震わせていた。

一樹は、気が付くと、コンビニにいた。
鯖煮の缶詰を握ったまま、そこに突っ立っていた。
客数も少ない。

窓の外は、真っ暗だった。
もう意味が分からない。

一樹はとりあえず、その缶詰を購入して、コンビニを出た。
自宅付近だったので、安心して帰宅した。

いったい、あれはなんだったのだろうか?
夢とも違うし、薬でも打ってる訳でもない。
現実でも夢でもない、また別の物……。

 

一樹は、その翌日が休日だったのを利用して、地元の北病院に向かった。
町で一番大きい病院で、名医を何人も抱えている。
建物自体は、それほど新しくもないし、綺麗なわけでもない。
中身の設備は整っていたが。

一樹が中に入り、受付に行って気づいたのは、昔入院していた病院にいた看護士がいたこと。
それが何故、北病院の受付にいるのか、不明だが、とにかく聞いてみることにした。
「ちょっと聞きたいんですが、本城牧奈という人を探してるんですが、
この病院に入院してますよね?」
「本城牧奈?ちょっと待って下さい……って、君、鹿島一樹くん?」
「あ、やっぱり分かりますか……」
「全体的に大きくなっても、顔は変わらないね。お姉さん嬉しいぞ」
もう、お姉さんじゃなくてオバさんだろ、と言おうと思ったが、口の中に留めた。
「書類を調べればすぐだから、ちょっと待ってね」
そう言い、彼女は、机の書類を出して、端から「本城牧奈」を探した。
「えっと……一樹くんの、友達?」
「ちょっとした知り合いです」
「うーん」
「どうしたんです?」
「何を言っても驚かない?」
「ああ、その分だと、予想出来ました」
「多分、その予想通りだと思う。先々月に亡くなっているわ」
「そうですか、ありがとうございました」
それだけ言って、一樹は病院を出てきた。
「どうだった?」
と、そこに灰色猫が躍り出て「うわぁ、猫が喋った」と腰を抜かしてしまいそうになった。
「なんだよ、ジェームズか。脅かすなよ」
「それで、どうだったんだ?」
「案の定、死んでたよ。まったく、どうなってるんだよ」
「そうか」
ジェームズは、一樹から離れていこうとした。
「おい、腹減ってないか?」
「少しな」
「猫って鯖煮込みとか食えるのか?」
「ああ、あれは美味いよな」
「ちょっと家に寄ってけよ。俺の夜食用だったけど、おまえにやるよ」
「本当か!?」
「ん?ああ、本当だよ」
「よし、今すぐ行こう!!」
案外乗り気なジェームズだった。

一樹は、その背中に声をかける。
「そんじゃ、これまでの件、俺の濡れ衣は晴れたってことでいいな?」
ジェームズは、体をくねらせ、一樹を見上げた。
「もちろんだ」

 

一樹は、ジアンナが紅茶を飲み干していたことに気づいていなかった。
そして、充電が終わっていることも。
「プラグ抜いて」
「ん?ああ」
ジアンナに言われて、一樹はコンセントを抜いてやった。

コードは、シュルシュルとジアンナの体に引き込まれていった。
一樹はそれを見ても、驚かない。
最近の掃除機のコードだって、ボタンを押しただけで巻き戻る。

一通り、話を終えて一樹は、ジアンナの表情を窺った。
無表情なので、何も読み取れない。
が、一樹には分かった。
「ああ、紅茶?」
そう言って、紅茶をもう一杯出してやった。
「ありがとう」
「はい、茶菓子」
ジアンナの前に、茶菓子を差し出した。
「それで、その人は、なんで動物たちを殺したの?」
「ああ、そのことなんだけど……」
一樹もお菓子を食べながら話す。
「意図的に殺していたわけじゃないらしい」
「どういうこと?」
「最初、本城牧奈は交通事故に遭ったんだ」
「ふぅん」
それを一樹が知ったのは、本城牧奈の死を病院で確認してからだった。
その数日間、再び夢に出たそのだ。
「ジェームズの仲間たちは、牧奈の友達でもあった。
そして、友達を守ろうとするのは、別に変わったことじゃない」
一樹は、続ける。
「ジェームズの仲間は、牧奈が事故に遭った時、彼を守ろうとしたらしい。
しかし、願い空しく、全員死んでしまった」
「そっか……でも、それじゃあ、ジェームズにも殺したなんて思われない」
「そう。ジェームズの仲間たちは、そこからおかしくなった。
何かに狂わされて、次々と変死を遂げた。
その死因もまだ分かっていない。
が、その誰もが、死ぬ前に同じ言葉を残していたらしい」
後から分かったことだ、と言って、一樹は紅茶を一口飲んだ。
「本城牧奈だ。それでも、結局、何を言いたかったのか、
死を看取った奴が何を聞いたのかも、分からず終い。
ただ、俺とジェームズ達の間に、コネが出来たってだけだ」
最終的に残ったのは、それだけだった。

ジアンナは、紅茶を飲みながら静かに聞いていた。
そして、腕時計を見たわけでもないのに、突然「時間だ」と言い出した。
「ん?何の時間だ?」
「門限」
「門限あるの!?」
「ある」
まぁ、年頃の女子高生、門限ぐらいあってもおかしくないが……。
「ああ、わかった」
一樹とジアンナは、立ち上がって、玄関に向かった。
「それじゃ」
「気をつけて帰れよ」
「今回は……」
ジアンナは、何かを言おうとした。
「今度の戦いは、気をつけないと」
「そうだな」
ジアンナは、一樹の家から出て、帰路についた。

一樹は、ため息をついて、自室に戻った。
そして、指を鳴らして、それに返事をするように物音がしたのを聞き取ってから、言った。
「次の戦いで俺は、死ぬかもな。おまえ達も覚悟しておけよ」
と、誰かしらに言った。

 

その数日後、一樹は自分が言ったように、岡山優との戦いに身をおくことになる。


Beast mind is never noticed…