外宇宙通信コミュニケーション研究部 学園編 第五話 接触
図書館は静かでいい。 騒ぐほどじゃないけど、会話の声が聞こえてきて、耳をくすぐる。 俺はこの雰囲気が好きだ。 静かだが、寂しさはない。 あのあと俺たちは、ずんちゃんを保健室につれていって、それから今日は解散となった。 そのまま帰宅するのも味気なかったので、とりあえず図書館で適当な本でも読んで時間を潰すことにした。 「こんにちわ・・・」 正面の席に誰かが腰をかけた。 俺はその姿をすぐに確認した。 同学年のアルストロメリアだった。 「おう」 俺は適当に返事を返しておいた。 彼女は、鞄の中を探っている。 「ひとつ言っておくが、ここは飲食禁止だぞ。」 彼女は、黙って鞄から何かを出そうとしていた。 ・・・無視かよ。 「これを。」 アルストロメリアは、何かを渡してきた。 「ん?なんだこれ・・・」 廃部告知。 何故? 「これは、どういう意味だ?」 俺は、その書類に目を通しながら言った。 「そこに書いてあるとおり。 すぐさま部室を明け渡し、現在部室が空くのを待っている部活に、受け渡せ。 そういうことです。」 「これを・・・何故あんたが?」 俺がアルストロメリアを睨むと、彼女はくすっと笑った。 なんだこいつ、すごく頭にくる。 「そこにサインしてください。 それで万事解決です。」 「待てよ、これ、部長サインだろ? 俺は部長じゃない。」 アルストロメリアは、目を丸くして俺を見た。 知らないで来たのかよ!! 「失礼いたしました。 事前調査を怠ってしまった。 では、それを部長である―」 「秋野志穂にお届けください」 俺は、黙ってその場で静止していた。 もうアルストロメリアは図書館内にはいない。 秋野志穂って誰・・・? うちの部長の苗字は杜若。 だが、秋野とは・・・。 俺は、その間、携帯の振動に気付いていなかったらしい。 さっきからポケットの中で震えている。 「メールか・・・」 単なる友人のふざけたメールだった。 なんということはない、軽い用事を済ませて欲しいということだった。 俺は読んでいた書籍を本棚に戻して図書館を後にした。 教室までアルストロメリアのことを考えていた。 奴は、チームパニッシュメントか何かの回し者と考えていいな。 敵が多すぎる。 「何ぼーっと歩いてるの」 後ろから声をかけられた。 振り返ってみると、志穂がいた。 「今までどこに行ってた?」 「図書館。」 「意外ね。」 どういう意味だよ・・・ 「で、その手に持ってるのは?」 「ああ、同学年の女子に渡されたんだ。 廃部告知だとよ。」 志穂にそれを渡した。 志穂は、それを見流した。 軽く見ただけで、詳細は読んでいないらしい。 「その女子ってのは、チームパニッシュメントなの?」 「恐らくな。 あと変なことも言ってた。 この書類を、部長である秋野志穂に届けろって。」 俺は、このとき、入ってはいけない世界に足を踏み入れたと、後で気付いた。 「志穂はいるけど、秋野じゃないよな。」 部長、杜若志穂、それが彼女の名前。 「秋野って誰だろうな。」 こんな些細なことから、大事態に発展するなんて、思ってもいなかった。 「なぁ?」 俺は志穂に返答を促すように言った。 「秋野は、以前私が使っていた名前よ。」 時間は止まった。 何? 以前使っていた名前? スパイ? 「恐らく、あんたに接触したのは、チームパニッシュメントじゃないわ。」 「なんで言い切れるんだ?」 「・・・」 志穂は、言うか言うまいか考えているのだろう。 「廃部告知・・・これ、校長サイン欄がないから。」 「え・・・」 本当だ。 つまり、この廃部告知書類では、相当なことを起さない限り、通研は潰せないということ。 アルストロメリアが間違えたのか・・・? 「これはある意味、宣戦布告って奴かしらね?」 言ってる意味がわからない。 「へーじょー、これから忙しくなるわよ!!」 「え?ああ、おう。」 「ケンカを売られた以上、ここで黙っている杜若志穂じゃない!!」 「知ってる」 「ビィーバァーッ!!」 不意打ちで、キーボードの角が鳩尾に入った。 俺は、一瞬だけ呼吸困難に陥った。 「ば、馬鹿!!死ぬって、これは!!」 「何偉そうに倒置法使ってんのよ。 馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ、馬鹿!! ・・・私だぁー!!」 「馬鹿じゃねぇーの・・・ 俺もかぁーっ!!」 「おい、そこの夫婦漫才!!」 女性の声がした。 そこには、眼鏡をかけた女の子がいた。 上履きの色を見る限り、同学年と考えるべきだろう。 一体なんの用だろうか。 「あ?」 シホは、ケンカ腰で睨み返し、じりじりと詰め寄る。 誰だか知らないが、逃げた方が身のためだ。 「あんた、誰?」 「あんたこそ、誰よ。 私はそこの怜治くんに用があって来たんだから。」 「今、夫婦って言ったじゃない。」 「いいからどきなさい。」 その女の子は、シホを意に介さず横を通って俺の前へ。 「な、なんだよ。」 女の子は、俺を観察するように眺めた。 「やっぱり。これは素人が発する気迫じゃないわ。 怜治くん、ギャンブルに興味はない?」 「興味ね・・・ギャンブルって言っても、ものによるけど・・・」 そもそも、なんでこの子は、俺の名前を知ってるんだ? こういう時の為に特定の考えるポーズとやらを、考えておくべきだったのかな。 返す答えに詰まって、何も言うこと非ずってとこだ。 「ちょっとちょっと!! あんたねぇ、どこの誰だか知らないけど、うちの部員にちょっかい出さないでくれる?」 女の子は、シホに近づき、眼鏡を外した。 その表情は、俺からは見えない。 「潰れるのも時間の問題じゃなくって? 杜若先輩。」 女の子は、そのまま去っていった。 一体、用はなんだったのだろう。 後になって「あ、忘れてた」とか言ってるのではないだろうか。 ギャンブル、ね。 興味は結構あるよ。 「怜治!!なんであんな奴、さっさと追っ払わないの?」 「いいじゃないか。ただ話すだけなんだし・・・ それより、今、名前・・・」 「何よ、文句あるの?」 「別にいいけどよ。」 気付かなかったことにした方がよさそうだな。 「俺はちょっと用事があるからよ、先に帰ってくれ。」 「それでまた襲われたらどうするのよ。」 「は?」 「だから・・・」 「ん?」 「一緒に行ってあげるって言ってるの。」 意外のようでいて、一定の段階を踏んでのイベントならではの事態。 俺はこの人に何をした!? 誰かが何かを食べさせたのか!? 「でも、後悔するぜ。」 そのときは、志穂も首を傾げていた。 俺達が教室に着いた時、同学年の生徒が二人いた。 片方は、真田麻一(さなだあさいち)という、さっき俺にメールをよこした男。 もう一人はシュルツラス・ベイ・ノットマン、生まれはカナダ、育ちはほとんど日本という男子生徒だが、 今では日本のある特定の文化に染まっている。 学友からは、ラスと呼ばれている。 「よう、待たせたな」 俺は二人に挨拶した。 「それと、麻一。 おまえそれ、バレたらカッコ悪いぞ。」 「ん。」 麻一は、所謂不良生徒なのだが、そのなかでも一番性質の良い不良だった。 本人曰く、『困らせやすい不良』だとか。 彼は今、タバコを吸っていた。 「おいおい、ハードボイルドを嘗めんのかコラ。」 「おまえのそれはチョコレートだ。」 健康に気を遣う不良は、本物のタバコを吸わず、その形状のチョコレートを口にくわえていた。 タバコ柄の包み紙も剥がさずに・・・。 「怜治くん、荷物運ぼうよ。」 その独特の高い声で言ったのは、ラス。 「ラス・・・そう急かすなっての。 怜治の方も、お客さんがいるみたいじゃん?」 麻一は、俺の隣にいた志穂を見て言った。 「ああ、紹介遅れたな。 この人は杜若先輩だ。」 言った途端、二人が凍りついた。 「え?杜若って・・・あの杜若?」 麻一が、チョコを落として、顔を引きつらせていた。 そこまで驚くことなのか。 「どの杜若か、知らないけど・・・。 私の名前は杜若志穂よ。」 麻一とラスは、顔を見合わせていた。 「俺は、荷物を運びに来たんだけど・・・」 俺は言ったが、二人は聞かずに、志穂の前に来た。 「お会いできて光栄です。」 「握手してください。」 この二人を上目遣いさせるほどの有名人は、そういない。 志穂がどれだけすごい人間なのか、比較的付き合いの短い俺は知らない。 「そんなに私って有名?」 「もちろん。」 一体志穂は何者なんだ!? 「うちの部長が、そんなに有名だったのか?」 「おいおい、まさか怜治は、知らないって言うんじゃないだろうね?」 「言うんです。」 「貴様ァーッ!!」 麻一からこっぴどく説教を喰らった。 「ほら、怜治。」 志穂が呼んだ。 「用事を済ませるんじゃなかったの?」 志穂に言われて、思い出す。 そうだ。 終業式の後夜祭の準備があった。 俺達の仕事は、教室に一時置きしておいた鉄パイプと足場を、第三体育館に持っていくこと。 帝真学公課総学科には三つの体育館があり、今回借りられたのが中でも最小の第三体育館だった。 面積も広くないので、ステージがなかった。 大学科の建築学科から、一時的なステージを作るのに必要な、鉄パイプと足場を借りることができた。 「じゃあ持っていくぞ。」 俺が指揮を執って、荷物を持ち上げる。 「な!! 用って荷物運び!?」 志穂が言った。 「ああ、だから後悔するって言ったろ? ケガしたら不味いだろうから、先に第三体育館行っててくれ。」 「んな!!ケガなんかしないわよ!! 私だってこのぐらい、持てるから!!」 志穂は、自分の荷物を置いて、俺達に続いて荷物を持ち上げた。 その作業を終えて、第三体育館まで全ての道具が揃った頃には、 外の景色にお星様が見える時間だった。 「お疲れ様です。」 ラスが言った。 「うーぃ、じゃあ帰るぞ。」 そもそも、終業式に後夜祭があるのが不思議でならない。 この学校に来た時は、知らないことが多かった。 だが、それが少なくなったとも言えないな。 「さてと、それじゃあ少し話を聞いてもらいましょうか。」 ラスは、俺と志穂の前に出た。 「なにかな?」 志穂は、首を傾げた。 「ワシらギャンブラーズギルドの手助けを。」 なんだかわからん。 理解不能だ。 「はぁ!?」 志穂も俺と同様の反応を示した。 戻る