外宇宙通信コミュニケーション研究部 学園編 第十話 真実・烽火・開戦

二年生になると、選択授業が増える。 一年生は第一体育館に集められ、その選択授業の各講義のオリエンテーションが行われた。 その際、イタリア語教諭の黒吾耶先生も出ていた。 基礎イタリア語講座の説明自体は、可もなく不可もなくと言ったところ。 通研のメンバーは、身内意識で選択してしまうだろうな。 だが、俺は説明を聞いて面白そうだと思った理科の講義を取る予定だ。 おもしろ科学実験という講義名で、体は名を表すってやつだな。 クラスメイトに聞く限りでは、同じくその講義の希望者は多数いた。 これじゃあ抽選になるな。 オリエンテーションが終わって、ぞろぞろと体育館から引き上げる生徒たち。 数人の生徒は、委員会や係、または部活などの関係で教師達に呼び止められたりしていた。 面白かったのが、真田麻一が生徒指導に熱心な新人教師に捕まっていたこと。 頭髪指導のことだろう。 麻一の金髪の頭を指差して、ガミガミ怒鳴っていた。 麻一は、そのウィッグを外して教師を煽ってさらに状況悪化させていたが、 英語教師のシェリー先生に止められた。 遠くから見ている分には構わないが、関わりたくないな。 「レイジ・トバ」 残念ながら、俺の思惑通りには行かないようだ。 俺は、黒吾耶先生に呼び止められた。 「なんですか?」 「おう、レイジ・トバ。」 「なんですか。 もしかしてそれ言いたかっただけですか?」 「残念だが、それだけじゃない。」 黒吾耶先生は、ニヤリと笑っていた。 「最近、悪を働く秘密結社とドンパチしてるそうじゃないか。」 ギクリとした。 「俺は、耳がいいからな。 そういう情報も色々と入ってくるんだよ。」 「探偵だからですよね?」 「元をつけろよ。レイジ・トバ。」 なんでそうも英文読みなんだよ・・・。 それといちいち人の名前を呼ばないで欲しい。 「裏方では、マトリオシカの影が揺らめいてるらしいぜ。」 「そんな巨大組織までこの学校に?」 「俺が動いてるのもその為だ。 やめたとはいえ、探偵として生まれた宿命には逆らえんよ。」 だとしたら、俺たちが生ぬるい戦いを繰り広げてる間、 黒吾耶先生は戦争よろしく銃撃戦の中を情報収集していたということなのか? 「何故、マトリオシカが動いてるのか、 まだ分かっていないが、どうやらこの学校内部に内通者がいるらしい。」 黒吾耶先生は、何かを考えるように、俯いた。 そして再び顔を上げて、俺の肩をポンと叩いた。 「杜若志穂が今日、久々の登校をしたって噂がある。 あくまで噂だがな。」 ならば会いに行かなければ。 俺の表情を見て「いい顔だ。レイジ・トバ。」と言って、 先生は俺の肩から手を離した。 「それと、二年に上がったらよろしくな。 おまえはもう、選択授業が決まっている。変えることはできない。決して。」 「な!? 何様のつもりですかー!?」 久しぶりに声を荒げた。 というか裏返ってしまった。 周りにいた生徒達が不審そうに俺を見た。 「大丈夫だ。 イタリア語に関しては俺はプロ並だ。」 どっかの星生まれ、イタリア育ちのあんたはそうだろよ。 「みっちり扱いてやるぜ、レイジ・トバ。」 最後の最後、先生は大きく笑っていた。 俺は泣き寝入りだった。 教室について、次の休み時間を待たずに二年生の教室に向かった。 あと数日で、俺もここにお世話になる。 志穂の教室に行くと、再びジョーカーと会った。 なんと、以前ジョーカーとケンカした相手が、楽しそうにジョーカーの手品を見ている。 和解したのか、ジョーカーに屈服したのか。 どちらでもいい。 俺は、志穂の姿を探した。 残念ながら、その姿を確認することは出来なかった。 やはり、噂は噂か。 俺は、授業が始まる前に、教室に戻ろうと踵を返した。 「あ・・・」 振り返ったすぐ真ん前に志穂がいた。 「志穂・・・」 「怜治・・・」 屋上の風は、涼しいぐらいだ。 冬の終わりを感じさせる。 俺と志穂は、あの後、屋上に上がっていた。 残念ながら次の授業はサボりだ。 「志穂、今まで何をしていたんだ?」 俺は、来る途中、自販機で買った缶のコーンスープを飲んでいた。 俺の中では、冬定番。 志穂は、フェンス越しに、グラウンドを眺めていた。 「学校も休んで・・・いや、欠席したが学校には来ていたらしいな。」 俺は続けて言った。 「私が養子だって、聞いた?」 「・・・ああ。聞いたよ。」 俺が静かに答えると、志穂は、俺の隣に座った。 「303部・・・そしてその部長の303と呼ばれる人・・・」 志穂はゆっくり話し出す。 「それが誰だか、見当がついたの。」 「・・・」 「今まで学校に来れなかったのは・・・」 「来れなかったのは?」 そこで志穂は一呼吸置いて、瞬きした。 「マトリオシカに追われていたから。」 「はぁ!?」 なんでここでマトリオシカが出てくるんだ? 聞き違いか? だがロシア発祥の人形、マトリョーシカに追われていたって、 そんな末恐ろしい夢のような狂言がありえるわけがない。 あったら怖い。 マトリオシカが学園の影で暗躍しているのも知っている。 だが、それが何故、杜若志穂とつながるんだ? 「なんで今更マトリオシカが? 志穂を付狙う理由があるのか?」 俺が追われるならば、まだまだ理由が考えられる。 俺の未来の息子と言われた人物が、マトリオシカに属していたからな。 「言ったでしょ? 303の正体が分かりかけてるって。 その話を姉にしたら、協力してくれるって言ったの。 姉が仕事場で動いているうち、どこからか情報が漏れたの。 そして、姉妹揃って指名手配。 一体どうなってるのよ。 私が知りたいわ。」 そういうことか。 杜若涼子は、確かJSOという組織のエージェントだった。 組織の力を使って、303のことを調べ上げようとしていた所、 その情報がマトリオシカに伝わって・・・。 だが、何故マトリオシカなんだ? マトリオシカと303がどこで繋がる? 「まだ話が飲み込めない俺に、 303とマトリオシカ、その接点を教えてくれ。」 「303部の部員がひとり、角田さあらの親衛隊員は、 全てマトリオシカの量産型サイボーグ。 ただ、隊長の加藤仁を除いて。」 志穂は、揚々と「これなら分かるでしょ?」と髪を払いながら言った。 「なるほどな・・・。」 と、俺としたことが。 解答を聞きそびれる所だった。 「見当がついてる303って、誰なんだ?」 「それは・・・」 志穂が言おうとした瞬間、何かの音にかき消された。 俺は目を疑った。 この学校には、ヘリポートがある。 だが、俺は実際そこにヘリが止まった場面は、見たことがない。 しかし、今俺たちの頭上を、風を裂く音を鳴らしながらヘリポートに向かう物を見て驚いた。 「来たわよ!!逃げるわよ!!」 勘がいい志穂は、咄嗟に屋上出口に走り出した。 そこまで急がなくても・・・。 幸いヘリポートがある棟は、ここからだとそれほど近くない。 屋上から校舎の廊下に降りて、走っていると、放送が流れた。 『現在この放送は、帝真学公課総学科敷地内の全棟に流れている。 私の声を聞け。』 自意識過剰な奴だな。 女の声だけど、志穂の声に似てる。 最後の宣戦布告を持ち出してくるのか。 『今回、生徒諸君の中から、校則提案委員会会長として選ばれた、 杜若呉葉です。』 放送は続く。 「クレハ?おい、志穂、おまえの知り合いか?」 「知り合いも知り合い、今回の真犯人よ。」 俺は走りながら、妙な胸騒ぎを感じた。 肌があわ立つ。 「まさか、奴が303なのか?」 「ご名答。」 二年生の教室前に来て、教室に入る。 ジョーカーはいない。 もちろん、授業中だからな。 「杜若!!学校に来たと思ったら、今度は授業サボリか!!」 黒板には、「ある人、弓射ることを習ふに」と書かれている。 生徒指導に手厳しいことで有名な安藤先生の古典授業か。 『私は、この学校の全てを変えます。』 マニフェストの始まりだ。 「それにしても、あいつはなんで杜若呉葉なんて名乗ってるんだろうね。」 志穂がイライラしながら言った。 それほど自分の苗字が使われることが気に食わないんだろう。 『手始めに、各部活、各同好会、各サークルの規制をします。 不可解であり、不要である部活等は廃部の対象とします。 そして、生徒数人による秘密集会や、特定団体を排除いたします。』 真っ先に廃部の対象になるのは通研だろうな・・・。 まぁそうなっても、仕方ないな。 「秘密集会とか特定団体とか、わけの分からんことを言っているな。」 俺は、二年の教室の前で呟いた。 後で考えてみれば滑稽な姿だったな。 「つまり、チームパニッシュメントや、 ギャンブラーズギルドなんかも解散の対象にする。 そういうことじゃない?」 「可愛そうにな。」 明らかに俺達通研の方が罪深いじゃねぇーか。 これからは、どこかで集まって駄弁るにしても、奴等の許可がいるのか。 「先生、この放送はどこから?」 志穂が、安藤先生に向かって言った。 「固定の放送室は、幼稚園、小学科、中等科、高等科、大学科、大学院、 研究棟、事務棟、病院棟、図書館、職員棟、学生寮にある。 カフェにも放送器具があったが、あそこは内部のみにしか放送できん。」 安藤先生は、案外素直に教えてくれた。 「ありがとう、先生。」 「おい!!杜若!!」 志穂は、俺の手を引いて走り出した。 「まさかとは思うが、あの数の放送室全部調べるのか?」 「もちろんよ。私二人だけじゃないから安心して。」 志穂は、ウィンクした。 「それに、固定の放送室は、って言ってたよな・・・」 「そうね、放送器具と電波さえ取れれば、どこでも放送できるよ。」 俺と志穂は、走っていた。 階段を降りて、さらに降りて、放送室を見つけた。 「まずはここから!!」 志穂は、言いながらドアを開けた。 「きゃあーっ!?」 志穂は、悲鳴を上げながら放送室から出てきた。 「怜治!!ドア、ドア閉めて!!」 俺は、志穂に言われたとおり、一緒にドアを閉めようとする。 向こう側からの力が、ドアを押し返してくる。 「中に誰かいたのか?」 「人じゃない!!」 ドアを閉めたはいいが、抑えるものがない。 「どうするんだよ・・・」 「仕方ないわね・・・」 志穂は、どこからともなくパソコンのキーボードを取り出し、ドアノブと手すりにコードを引っ掛けた。 何重にも巻きつけられたそれは、反対側から押されるドアを抑えた。 「こんなの気休めにしかならないわよ。」 言って、昇降口に向かう。 『今、その特定団体や、私の校則案に不満を抱く者が、 反乱者として、私を探しているだろう。 だが、それは出来ない。 なぜならば、排除されるべく悪は君たちであるからだ!!』 冷たい汗が流れる。 「おい、俺たちのことじゃねぇーのか? 今まで色んな修羅場を潜り抜けてきた俺なら分かる。 俺たちは監視されている。」 俺が言うと、志穂も頷く。 「ただ、今はカフェに行きましょう。」 カフェ前には、白いバンが止まっていた。 「あれも敵か?」 「あれは私の姉の仕事用の車。」 となると、この学校を戦地にする気だな。 困ったもんだぜ。 俺たちがカフェに入ると、通研メンバーと、黒吾耶先生、 そして青い制服に青い帽子を被った人物が数人いた。 「志穂!!怜治!!」 さわちゃんが、出迎えてくれた。 「よかった。おまえらも無事だったんだな。」 ふと、見上げると、時計の隣に不審物を発見した。 長方形のスピーカーである。 常連ならば、それがついていることに気付くだろう。 そういう時は、店員に報せなければ。 「店員は?」 俺が聞くと、皆は、黙ってしまった。 周りを見ると、客も、店員もいない。 青い制服の人物が、言った。 「店員と客は、見当たりません。 もうすでに逃げたのでしょう。」 「逃げた?何から?」 後で聞いた話によると、青い制服は、JSOの隊員の物らしい。 「ゾンビです。」 隊員の人が言った途端、スピーカーから再び声が。 『先ほど、研究棟の地下で作られたケダモノを敷地内に放った。 敷地外に出ることはないので、そこは安心して欲しい。 尚、そのケダモノどもは、悪しき血を欲する。 私が指定した人物を追い続けるだろう。』 かえでっちが、拳をわなわなと震わせていた。 「そ、そんなのデタラメだ!! ゾンビどもは、無関係な生徒まで・・・」 そんなことを言っても、無駄だ。 監視員がここまで来ていれば別だが。 『聞いているか? 反乱分子どもよ。 今からの放送は、カフェにしか放送していない。』 どうやら、俺たちの存在に気付いたらしい。 『今では、全校舎の生徒がゾンビに襲われているだろう。 逃げ惑う生徒達がよく見えるぞ。』 カフェの窓からも、昇降口を慌てて出て行く生徒達が見える。 『ゾンビを止める方法はただ一つ。 私を探し出してコントロールタワーを破壊することだ。』 つまり、呉葉本人がコントロールタワーもしくは、それを所持しているということだな。 『いやいや、すまない、非常にすまないよ。 特に通研部員の君たち。 志穂以外の君たちには無関係な話なのにな。』 呉葉は言った。 「どういう意味よ・・・」 志穂は、怒っている。 『杜若志穂。いや、敢えて秋野志穂と呼ばせてもらおう。 君なら気付いているはずだよ? 私が誰なのか。』 志穂の表情が、変わっていく。 眉間にしわを寄せながら、スピーカーを睨んでいる。 「秋野紅葉。 何故、こんなことをしたの?」 モミジ?さっきと違う名前じゃないか。 それに、秋野と・・・。 『何故? 私があなたに傷つけられたのは・・・何故? それでも悠々と生活していたのは・・・何故? さらに、私よりもいい物を・・・優れている部下を手に入れられたのは・・・何故?』 俺は、志穂の表情を見た。 「志穂、教えてくれ。 あれは誰なんだ?」 志穂は、スピーカーを見つめたまま立っていた。 『何よ、水臭いわね。 私と志穂の関係、まだ言ってなかったの?』 スピーカーから、笑い声が聞こえる。 『志穂と私は、実の双子だってことを。』 そして、紅葉は、ケタケタと笑っていた。 戻る