LunaticMs. 1「狂った少女たち」
亜里栖が悪夢にうなされる原因に気付き、その場から離れようとしてみたものの…
「ん…お姉ちゃん…」
動けない。
呪縛に掛かっているわけでもなく、というかそんなもの無いし。
あっても使える人間が身近にいると思えない。
「雪菜。ちょっと離れてよ、起きれないでしょ?」
「もう…お腹いっぱいだよぉ…お兄ちゃん…」
「あんたのお兄ちゃんは隣の部屋!部屋を間違えてるわよ!っていうかどんな夢みてるの!?」
亜里棲の布団に、妹の雪菜が入っていたのだ。
しかも亜里棲を抱き枕のようにして。
ガッチリ極まっている。
「ホラ、雪菜、起きなさい」
亜里棲は名案を思いついた。
雪菜の顔の横に唇を近づける。
「ふぅー」
息を吹きかけた途端、雪菜は亜里棲の布団から飛び出した。
「な、なんなん?何が起きたん?」
「標準語でおーけー」
「あれ?なんでお姉ちゃんがここにいるの?」
「それはこっちの台詞。ここは私の部屋よ」
「ご、ごめんなさぁい」
笑顔で言ってる。反省の色が見えない。
というか雪菜は反省などする気がない。
「お姉ちゃん」
「何?」
「おっぱい触らして」
花見家は結構広い。
横にも縦にも奥にも大きい一軒家だ。
大黒柱である黒白(これで“こくしろう”と読むからまた不思議)の年収が20年前から600万以上をキープしている。
亜里棲は時々、父親の翻訳家という職に疑問を持つ。
その度、妙に英語の宿題だけやる気がでる。
(黒白の翻訳は英語だけではないが。)
その豪邸の中央に位置するリビングに、朝になると集まってくる人がいる。
最初に起きてきたのは、彩と飛鳥。
彩はこの家の黒幕であり、影の権力者、スポークスマン等、様々な呼ばれ方をしている。
飛鳥は料理好きで、その努力が何故か報われない不幸の少女にして、花見家の次女。
妹達にからかわれてから、毎朝母の料理を手伝っている。
テーブルに朝食が並び始めて(今日はオムライス定食)その臭いをかぎつけて来たのが、
長男であり、ある意味紅一点の涼。
そしてその涼の臭い(?)を嗅ぎ付けてくるのが亜里棲。
自然と息を合わせている双子姉弟。
朝食が出揃ったリビングに遅れてきたのが麻音と雪菜。
麻音は眠い目をこすっている。
雪菜は………なぜか罰マークが書かれたマスクをしている。
そして小さな額の肌が赤くなっている。
「お、おい雪菜、その頭どうした!?」
涼が驚いて聞いたが、雪菜は困った顔をして頭を振るばかり。
自分の口元を指して察してくれと目で訴えた。
「風邪引いてるの?」
麻音は寝ぼけたことを言っている。
亜里棲は黙って食事を始めてしまった。
実は亜里棲がマスクを着用させ、そのうえデコピンを食らわしてやった。
「ちょっと、まだ全員揃ってないのに食べちゃダメでしょ?未良乃呼んでくるわ」
飛鳥がそう言って立ち上がった。
未良乃の部屋は、二階の一番奥。
飛鳥は、リビングから出ていった。
「ん?母さん、オムライスの味付け変えた?」
「私が作ったわけじゃないから」
「え?」
「今日は飛鳥に任せてみたの」
その一言で、亜里棲、涼、麻音、雪菜は彩を黙視。
皆は唖然としているが、彩はニコッと笑って
「あの子、だんだん料理が出来るようになってきたみたい」
と嬉しそうに言った。
「お姉ちゃん吐いて!」
涼が叫んだが、時すでに遅し。
亜里棲の瞳孔は開ききっていて、右手にスプーンを持ったまま動かなくなった。
口をパクパクさせながら、椅子の横に落下した。
「亜里棲ちゃん」
床に叩きつけられる寸前で、麻音がキャッチした。
雪菜はマスクを外した。
「銀河鳳凰」
「それを言うなら因果応報だろ」
涼にすかさずつっこまれた。
と、そのときドタドタと慌しい足音が近づいてきた。
そしてリビングに、飛鳥が戻ってきた。
「み、未良乃がいない!親父の金を目当てに誘拐されたに違いない!」
そしてまたリビングの時間が止まる。
「そんな!お姉ちゃん、死んでる場合じゃないよ!」
「そ、そうね…ゲフ…未良乃が誘拐されたってのに…し、死んでられ…」
亜里棲また倒れる。
雪菜は「お水飲むー?」と倒れた亜里棲に言っていた。
「未良乃ちゃんなら、黒白さんの所じゃないかしら?」
彩が言って、皆が安堵のため息を漏らした。
「なんだ、じゃあ父さんの部屋に行けばいいのか?」
「ええ、行ってらっしゃい」
「あのファザコンめ、待ってろよー」
飛鳥はそう言いながら再びリビングを後にした。
「さ、朝ごはんを頂きましょう」
「でも、これ全部飛鳥姉さんが作ったものでしょ?」
「ちゃんと私が作ったものも用意してあるわ」
本物のオムライス定食が出されて、朝食を始める衆。
「母さん」
「何?」
「美味しいです」
涼が親指を立てながら言うと、彩もニッコリ笑って親指を立てた。
彩が作る料理は逸品だ。
なんてったって、高級ホテルのシェフをやっていたこともあるぐらいだ。
リビングの扉が開き、肌蹴てる寝巻き姿の男が入ってきた。
美男子という感じの顔立ちの整った男(涼とほとんど同じ顔)だが、髪型はボサボサ、
その頭を掻きながら欠伸をする姿は所謂ナイスガイとは遠かった。中距離ぐらい。
男が食卓の前の椅子に座る。
飛鳥も戻ってきて、その隣に座った。
「あれ?飛鳥姉さん、未良乃は?」
涼が聞いても黙って答えない。
飛鳥は黙々とオムライスを食っている。
「父さん」
涼は黒白の方を向いて聞くと、黒白は呆れ顔をして自分の背中を目で示した。
「ん?」
黒白の背中には、夏の木に張り付くセミのように、未良乃がくっついていた。
しかも寝てる。
「未良乃も、まだまだ子供だ」
黒白は言った。
今日は日曜日。
亜里棲は張り切って自室の掃除を始めた。
掃除を始めてすぐにドアをノックする音。
「誰?」
「俺だよ、俺、俺」
ドア越しに涼の声が聞こえた。
「お金は振り込まないわよ」
「お姉ちゃん、それネタが古いよ」
亜里棲はドアを開けた。
なんだか慌てた様子だ。
「どうしたの?」
「どうしよう」
「何言ってるの?」
「友達が来るんだよ」
「別にいいじゃん」
「女友達なんだよ」
亜里棲は、涼の首根っこを掴んで自室に引っ張り、ドアを閉めた。
「彼女!?」
「違う、女友達」
「つまり彼女!?」
「なんでそうなるんだよ」
「で、可愛いの?」
「まぁ、可愛い方…かな?」
「クラスの友達か?」
「違うクラス」
亜里棲は涼を解放してやった。
「いいか、どんと構えていればいいのだ、どんと」
「そこまで気負う必要あるの?」
「とにかく、好きなら好きと、伝えなさい」
「まだそこまでじゃないんだけど」
「とりあえず、部屋の掃除だ!」
と、涼の部屋に向かおうとした時、インターホンが鳴った。
庭から来客に向かって吼えるのを辞めない愛犬、ジョンマンジロウ。
防犯マニュアルに忠実な犬だ。
涼は、亜里棲の手を退けて玄関に向かった。
亜里棲は、すぐに涼の首筋を捕まえた。
二人が玄関の前に来た時、すでに飛鳥が接客していた。
「妻です」
飛鳥があらぬ事を言い出したので、涼は彼女を押さえ込んだ。
「嘘です」
「いや、いいよ、彼女でしょ?」
「違う」
頭に指を当てて、一考して涼は言った。
「遠い親戚」
「遠くないだろが。姉様に対してなんだそりゃ」
そこで「あー」と手を打つ少女。
「確かに似てる」
「……とりあえず、入れよ」
涼は少女を家の中に案内した。
台所のテーブルに置かれた皿には、飛鳥お手製のクッキーがある。
お世辞にも綺麗に出来たとは言いがたい物だった。
飛鳥の趣味である料理……人が見ると(食うと)「ああ、下手の横好きってアレか……はっかっ!?い、息ができん!!」と、なってしまう。
それを知っている亜里棲は、涼の部屋に持っていけと言われたが、躊躇してしまう。
当たり前だが、弟とその友達を殺して共犯者なんかに、なりたくない。
「ホラ、余ったんだから持っていっていいのよ」
thinking time終了。
「あ、はい」
「紅茶、持ってく?」
「いやいや!!私が淹れてく!!」
せめてその紅茶が、お口直しになってくれれば…
そういう思いで、亜里棲は紅茶を淹れた。
この家、花見家では紅茶を茶葉から淹れる。
紅茶だけではなく、ジャスミン茶、バラ茶、チャイなどの葉も完備している。
「あれ?そういえば」と、口に手を当てる亜里棲。
思い出した。
亜里棲はトレーにクッキーと紅茶を乗せて涼の部屋まで運んだ。
両手が放せないので、足でドアをノックした。
「はぁーい」
涼の部屋のドアが開き、中から女が出てきた。
「…」
「…冥」
「…」
「鷹沢冥」
「私が何か?」
亜里棲は、部屋の中に入ってトレーを置いた。
そして涼と冥を交互に眺めた。
「鷹沢冥、なんでここにいるの?」
冥は、フッと苦笑した。
「さっき会ったばかりじゃないか」
「私は会ってない」
「ああ…」
冥は「それならば」と言って、亜里棲によって行った。
「なんで私の男友達の家にあなたがいるの?」
亜里棲は、ため息を吐いた。
涼と目を合わせて、お互い微笑した。
「なんでって聞いてるのよ、花見亜里棲!!なんであなたが、花見涼の家…に…」
冥が涼の方に振り返ったが、言葉を紡ぎだせなかった。
そしてもう一度、亜里棲に向き直った。
亜里棲と涼を交互に見て比べている。
「?」
「えっと…どっちがどっちだ?」
「そこじゃないでしょ!」
どうも冥は、亜里棲と涼が双子だったことは知らなかったらしい。
冥と亜里棲は同じクラスで、涼だけが違うクラスだった。
それぞれ帰宅部ではあるものの、一度も三人が一堂に会することはなかったのだ。
「うわ、出た、双子」
「そのバケモノみたいな言い方やめい」
そしてすぐに冥は首を傾げた。
先ほど出てきた飛鳥のことを思い出していた。
「ふむ。ならば君達は三人姉弟なのだな?」
涼が、首を振った。
「どういうこと?」
と、そのときドアの向こう側から話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、麻音お姉ちゃん、胸触らせてよー」
「や、やめて雪菜ちゃん…」
涼の部屋の前を通り過ぎたその声に不審を抱いた冥。
廊下を覗こうとドアノブに手をかけたところ、亜里棲に捕縛された。
「やめておきな。次はあなたが標的にされるわよ」
亜里棲の冷静な声を聞いて、冥はドアノブから手を離した。
「ちょっと待って、この家には女の人しかいないの?」
「おいおい、俺が男じゃん」
「涼以外は?」
「父さん」
「弟か兄は?」
「ああ、弟なら呼び出せるけど」
涼は「ちょっと待ってて」と言って、廊下に出ていった。
彼が戻ってくる間、亜里棲と冥は日常談議に花を咲かせていた。
例えば、学校の教師がうるさいだとか、最近発売されたCDの話だったり、
軽音部の好きなバンドの話だったり、たまにシメジの話をしたりした。
亜里棲は茸類全般が好きで、味噌汁にはシメジと決めていた。
「味噌汁には合わないでしょ」
「合うって」
「じゃあ、木耳は?アレなら味噌汁に入れてもいいと思うんだけど」
「見た目、昆布じゃん」
「それを言うならワカメでしょ」
「いっそのこと、お麩でいいでしょ」
「ふむ。亜里棲さんとはいい味噌汁が飲めそうだ」
そんな話をしている時に、涼がドアを開けて戻ってきた。
涼の隣には、男の子がいる。
長い髪を後ろで束ねたポニーテールというよりも、サムライヘアーの男の子。
黒縁メガネの奥の目は鋭く、冥を貫くほど見つめていた。
「お、弟さん?」
少々驚いた冥が、聞いた。
その男の子は、目尻を上げていた。
「気安く呼ばないでくれる?」
「えぇっ!?まだ呼んでないよ!?」
「……」
男の子は「ふん」と言って、涼の部屋の枕を投げた。
それは冥を狙ったらしいが、的が外れて亜里棲に当たった。
「あっ」
男の子は不味いことをした、という表情をして、あとずさろうとしている。
「痛かったなー」
亜里棲は、枕を置いて男の子を睨んだ。
男の子は、ビクリと、身震いした。
涼は「あーあ」と言って亜里棲の前に立っていた。
亜里棲は、男の子の腕を一息に掴み寄せた。
「あぅぁっ」
男子の物とは思えぬ悲鳴を囀り、男の子は前かがみにベッドに倒された。
その反動でメガネが外れて、本来の顔を露にしていた。
普段はツインテールだが、今は一本に束ねている男子、いや、少女は、
馬乗りにされて、亜里棲の顔色を窺っていた。
「あれ?お姉ちゃん?なんで私、ここにいるの?」
「とぼけても無駄!私の一級品、レスディスタンス・マグナムでやっちゃうよ!」
「や、やぁぁぁぁぁだぁぁぁぁ」
亜里棲は馬乗りの状態で、彼女に懇親の一撃(デコピン)を食らわせた。
「ほぁぁ」
少女は、額を押さえて泣きながら出ていった。
冥は、それを見て呆然としていた。
「今のは?」
「弟の」
「違うでしょ。明らかに女の子でしょ」
亜里棲と涼はお互い見合わせて、ため息を吐いた。
冥は、何事かと不思議そうな表情をしている。
友人宅に女性がたくさん出てくるなんて、冥の考えている何事でも起こりうる。
可能性的に。
「妹の雪菜」
「変わった子だね」
「マジで変わってるよ。変わってるってか、変態。今日も姉ちゃんの部屋に行っ」
言いかけたところで、亜里棲にデコピンされて床に伏した。
「あ、冥、このまえ借りてたCD。返すよ」
「はいはい、どうも、まいどあり」
亜里棲は件のCDを冥に返した。
特に何の変哲も無い邦楽のCDだ。
「クッキー食べていい?」
「あ、待っ……て」
右手に持ったクッキーを齧って、亜里棲に何事かと問う表情の冥だったが………
それはすぐにやってきた。
突如、血液が警戒しだし、体内の汚物を感知。
冥の体が発熱した。
発火までは行かなかったが。
冥は突然、意識を失って倒れた。
「冥!だから食うなと言ったのに!」
まだ言ってない。
亜里棲は、冥を部屋の主が所有するベッドに置いた。
なんの躊躇いもなく、ベッドに置かれた冥は、布団に沈み込みそうだった。
「王子様」
「ん?」
「スノウホワイト的なやり方で起こしてあげなさい」
「……」
涼は一旦、冥を見てから微笑んだ。
そして、ベッドに近づいて
「おまかせを」
「冗談だって」
亜里棲に引っ張られて押し倒された。
不可抗力で亜里棲が涼の上に重なるようになった。
涼と亜里棲は、お互い見詰め合っていた。
「お姉ちゃん」
「ああ、今降りるわ…」
亜里棲は、なんだか焦っているようだったが、涼は特に気にしなかった。
「な、何やってんの?」
ベッドの横で起こっていたことを目の当たりにした冥は、その姉弟を白眼視していた。
なんの言い訳も効かない様な状況。
「こんなの、うちでは日常茶飯事だぜ」
亜里棲がウィンクしてみせたが、冥は、唖然としたまま。
「こんなの、うちでは日常茶飯事だぜ」
「二回も言わなくていいから」
冥は、クスッと笑った。
多分、微笑が苦笑に勝った瞬間。
「いいなー、仲が良くて」
「冥も姉がいるじゃん」
「だって、優しくないし……」
「そうですか……」
亜里棲はお盆とクッキーだけ持って退室した。
紅茶だけは自作なので、嫌でも旨いと言ってもらわないと示しがつかない。
姉の飛鳥に対して、ね。
台所に戻って皿とお盆を片付けてから、悩んだ。
残ったクッキーどうしよう、と。
そのまま捨てるわけにもいかない。
飛鳥が泣くかもしれないし、何よりも人として優しくない行動だとも思う。
が、誰も見てないのでそのまま捨てた。
「ふぅ、これでしばらくは安泰だわ」
亜里棲は、振り返ってリビングに戻ると、そこには未良乃がいた。
「未良乃ちゃん、ゲームでもしない?」
「見ましたよ」
「何を?」
「クッキー、捨てましたね。私は見ましたよ」
「さ、私の部屋行こうか」
「ちょ、姉さん、放して……」
未良乃は強引につれていかれてしまった。
亜里棲の部屋に到着し、椅子に座った未良乃は、机の本棚を物色している。
亜里棲の性格にしては、大分綺麗にまとまっていた。
「口止めしようとしても無駄です」
「父さんの若い頃の写真持ってるんだけど」
「わかりました」
あっさり口止めに了承してしまう未良乃であった。
いつごろの写真だか分からないが、若い黒白が金網を背景にして、外国人の子供達と楽しそうに遊んでいる。
廃屋が近くに見える。
若い黒白は、面影はあったが未良乃にとって余り好まない兄の姿と重なった。
「これって、いつごろの写真ですか?」
「父さんがアメリカで出版社にいた時の写真だから……二十年前ぐらいかな?」
「へぇ。じゃあ麻音姉さんが生まれるちょっと前ですね」
未良乃はニヤニヤしながら、黒白の写真をじっと観察している。
この、ファザコンが。
「って、なんでそんな話を亜里棲姉さんが知ってるんですか!?」
「なんでって、父さんと話してたらたまたま……」
「……悔しいです」
「なんでやねん」
「お父様ー!!」
未良乃は叫びながら亜里棲の部屋を飛び出していった。
開け放たれた扉を閉めながら、ぼそっと呟いた。
「あの子の将来が心配だわ」
ごもっともである。
亜里棲は五時頃まで、残っていた宿題をやっていた。
クラスでは常に真ん中辺りをキープしている。
それほど勉強が出来るわけでもないし、成績不良でもない。
宿題が終わって、伸びをして、時計を見る。
「やばっ、涼をいじるの忘れてた」
「涼、どうしたの?」
「今、誰かが俺の事を話していたような……」
「亜里棲じゃないの?」
「あはは。姉ちゃんはそんなブラコンじゃないよ」
どうあっても信じない涼であった。
「冥、もう時間も時間だし、帰る?」
「そうだね、面白かったわ」
「えっと、今度から飛鳥姉さんが作った物は口にしないように」
「以後、気をつけます」
涼と冥は、談笑しながら階段を下りていく。
リビングには誰もいない。
いや、ソファの陰になって誰かがいる。
「明日、学校でね」
「おう」
涼が玄関を開けてやった。
冥もそこまで腕力が無いわけじゃないが、紳士的行動を取っておいて後々見返りを期待しているのが、涼のやり方。
なんとも下心のある厭らしい男だ。
「じゃーね」
冥は、帰り道にコンビニに寄った。
小腹が空いたので、おにぎりでも買って帰ろうと思ったのだ。
店員の掛け声をスルーして弁当売り場に到達。
企業の弁当会議を勝ち抜いてきた猛者たちが、そこには並んでいた。
が、冥が興味があるのは昆布おにぎりだ。
「お父様、これが欲しいです」
「おまえ、これキムチだぞ」
「お父様の言う大人の味を、一度でも経験しておこうと思って」
「辛いのダメなんじゃないのかー?」
なんかほほえましい父娘がいる。
冥は「なんだか、あの子ファザコンっぽいわ」とぼやきながら、昆布おにぎりを持ってレジに向かった。
「昆布おにぎり一点、キムチ一点でよろしいですね?」
「は?」
冥は、レジに置かれた二つの物を見てから、さっきの父娘が横にいることに気付いた。
その父親の方は、誰かにやけに似ている。
その前になんで一緒に払わせようとしてるのか、謎だ。
「ちょっと、何してるんですか?」
「支払い、一緒でいいです」
その男は、迷惑なことを言い出した。
「何言ってるんですか!?」
「ここの払いは俺が持つ」
「え?」
意外な言葉に冥は、驚いた。
払ってくれるのか?と。
戸惑ったが、知らない人に払わせるなんてとんでもない。
「いえ、いいです」
「いやいや、息子が世話になってるようだからね」
何を言い出すんだこのセクハラ親父、冥はそう思って、いつでも逃げ出せるようにしていた。
(息子が世話になった? こう見えても私は処女だっつの)
「うちの子がね、今日は友達が来るっていってたもんだからね、
何か土産でも持とうかと思ったが、出遅れたようだ。
だから、お詫びのしるしに、と思ってさ」
だから奢り、と、その男は言った。
冥は、その男の顔を見て、思い出す。
唖然としたが、すぐに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、失礼なことを言って!!まさか、まさかですけど……」
冥は、父娘を交互に見比べてから、言った。
「花見家の方ですよね?」
「そうだよ?もしかして、気付いてなかった?」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。涼とも仲良くしてもらってるからね」
冥が今現在、対峙している人間は、花見黒白だったのだ。
ならば、その小娘は誰だ?
「君は?」
「……」
何も言わない小娘に、黒白が名乗るように促した。
「未良乃」
「花見家でのポジションは?」
「一番下」
人見知りする子なのか、半身を黒白の後ろに隠している。
花見家は、どれだけの人間がいるんだ……。
「いいなぁ、涼は兄弟がいっぱいいて」
「ははは」
黒白は少し笑って、そして店員から渡されたビニール袋をもらった。
昆布おにぎりとキムチ一パックが入っていた。
「さぞかし家も賑やかでしょう」
「まぁね。そう言ってもらえると、家族の為に仕事をしてた甲斐があったってもんだから」
「いいお父さんだね」
冥は、未良乃に言った。
未良乃はうなづいた。
冥と黒白はコンビニを出て、お互いの帰路に着こうとしていた。
「それじゃ、冥さん。うちの子と今後ともよろしく」
「はい」
「それじゃあ、またお会いしましょう」
そう言って、黒白と未良乃は、冥の前から去っていった。
冥も振り返って、自分の帰り道に着いた。
「いい家族だな……あ」
そして気付いた。
なんでコンビニに入った?
昆布おにぎりを買うため。
なんで買った?
小腹が空いていたので。
そして現在もその小腹は満たされていない。
あのコンビニのビニール袋も手元にない。
というか昆布おにぎりがない。
「わ、私の昆布おにぎりー!!」
叫んでみてももう遅く、黒白達の姿は曲がり角で見えなくなっていた。
昆布おにぎりの恨みは大きいぞ。
冥は、ほぼ毎日、日記をつけている。
そして、その日も他ではない。
タイトルの欄に一度「狂った少女たち」と書いたが、すぐに消しゴムで消した。
いいタイトルはないものか、と思案を巡らせていた。
すぐにそのタイトルは思い浮かんだ。
さっきのタイトルを英語にしたもの。
「LunaticMs.」
冥はその日のことを書き終えて、日記を閉じた。
机の中にしまって「ふふっ」と思い出し笑いをした。
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