第21話「旅立ちの夜」
夜、両親が、子供の帰りを待っている。
こんなことを言ったら、普通逆だろう、そう思われがちだ。
「あの子、本当にどうしちゃったのかしら・・・」
和藤照子が頬杖を着いて、不安そうに嘆いていた。
実際、不安がっていた。
その夫、和藤翔太は、逆に冷静だった。
この場合においては、冷静すぎるくらい冷静だった。
というより、普段からチャラチャラとした性格で、
子供の反面教師になり得ること必至、
それでも今は落ち着いているほうだと言うのだ。
本人にしてみれば、ただ落ち着いているのだ。
いつもみたいに騒がない。
そして、もう一人。
自室にこもって、携帯電話の液晶を涙で濡らす人物がいた。
「お兄ちゃーん・・・」
和藤晴海。
ショーン・ワートルの隠された秘密のうちの一つ、
それが彼女。
学校で「おまえって兄弟とかいるの?」とか聞かれることがあったなら、
彼はいつも、どんな相手にも、「いや、いない。俺はひとりっこだ。」
と言い張っていたのだ。
秘密の、隠された、妹。
ショーンがそこまで隠したのにも理由があった。
それはショーンと晴海との間の関係にある。
一卵性双生児。
人生において、お互いが必要かどうかなんて言うまでもなく、
そこまでして必要ではないが、
二人はお互いに精神面で弱いところを補い合っていた。
だからショーンは、晴海を、晴海はショーンを助けてきた。
しかしショーンには今、晴海がいない今、それが一番の弱点となっている。
(今までではそんな危機がなかったのだが・・・)
晴海はショーンが思うよりも、ショーンのことを必要としていた。
兄の助けがないとなにもできないのだ。
「ただいまー」
声がした。
一階玄関からだ。
それは聞き覚えのある声。
「今までどこをほっつき歩いていたの!!」
母親が怒鳴る声が家中に響き渡った。
もちろんその声は晴海の耳にも届いていた。
まさか、と思い、晴海は自室を出て、階段を途中まで降りて、玄関を覗く。
「いやー、悪ぃ、本当はまだ家に帰ってきちゃいけなかったんだけどよ、危ないから。
この場所がバレると、家族が危ないって言われたから。
でもさ、一言挨拶に来たんだよ」
晴海はその兄を見て階段を一気に駆け下りて、
そして兄の元へ飛び込んでいった。
「うぉっ!?」
「お兄ちゃーん!!」
その様子を見て照子は驚いた。
自分の娘が、自分の息子に抱きついているところを見れば、
普段なら異常と感じもしただろう。
「帰ってきたんだ・・・よかった・・・馬鹿、お兄ちゃんの馬鹿!!
何も言わずにいなくなって!!」
「ごめんごめん、だから今度はちゃんと言いに来たよ。」
そこで照子も晴海も「えっ!?」と驚く。
「えっと、詳しいことは機密で話せないんだけど、
俺たちは今、世の悪と戦ってるんだ。
だからしばらくは家に帰れない。
学校にもちゃんと許可だしてある。
しばらく帰れないって俺、言ったっけ?
もしかしたらもう帰ってこないかもな、なんてね。」
バシン、と心地いいほどの破擦音が響いた。
照子がショーンの頬を叩いていた。
「なんだかわからないけどね、こっちだって黙って
はい、そうですねってわけにはいかないのよ!!
ちゃんと理由を言いなさい、理由を!!
これ以上家族に不安をかけさせないで。」
照子はショーンを怒鳴りつけた。
「翔雲、あなたをどこにも行かせません」
しばし沈黙、
ショーンは叩かれて、横を向いた顔を元に戻す。
「翔雲・・・か。
俺は自分の名前すら忘れていた。」
ショーンは抱きついた妹の頭を撫でながらフッと笑顔を漏らす。
「俺の名前はショーン・ワートル、それ以上でもそれ以下でもない。
これから俺は戦地に赴くことになるかもしれない、
そうではないかもしれない、でも俺は行かなければならない。
なぜか?俺には仲間がいるからだ。」
また照子に殴られた。
「あんたをそんな子に育ぅくぁ・・・かんだ!!
とにかく、くらえ!!くらえ!!」
照子は執拗にショーンを殴り続けた。
「トネールプリュールル!!」
「ギャッ!!」
電気が弾けて、照子は感電、そして気絶した。
「お母さん!?」
「大丈夫だ、気絶してるだけだから。」
ショーンはそう言って、玄関から廊下に上がる。
自分の部屋に向かおうとしていた。
そのとき、居間から、男が出てきた。
「おう、小僧」
「小僧呼ばわりか。」
「僧の子供は小僧だろう、もっとも、俺は僧じゃないけどな」
ショーンはその男と対峙した。
「久しぶりだな親父殿。」
「久しぶりだ。翔ける雲と書いて、翔雲。
実際、今現在、翔けているようじゃないか。」
「ああ。
俺、荷物取りに来ただけだから。」
そう言ってショーンは2階に上がった。
「お兄ちゃん!!」
晴海の叫び声に、ショーンは呼び止められた。
「なんだ」
「もうどこにも・・・いかないで・・・」
「そうはいかん。」
そのまま2階廊下を奥に進んで、暗闇に消えていった。
「久しぶりだな俺の部屋。」
部屋の扉に話しかけるように言った。
そして扉を開けて、自室の電気をつける。
「変わってないな・・・そういえば、目覚まし時計の電池を買わなきゃな・・・」
ショーンは、山南が盗んでいったことなど知らなかった。
適当に荷造りをして、部屋を片付けて、ベッドメイキングまでして、
そして部屋を出た。
「しばらくのおわかれだ。」
部屋の扉を閉める前に、ショーンは軽く部屋の中に礼をした。
妹の晴海、母照美、父翔太・・・
もう本当はどうでもよかったのかもな・・・
ショーンは瞑っていた目を開けて、扉をしめた。
「絶対にこの部屋に戻ってくる。
そのためにベッドメイクまでしたんだ・・・」
ぼやいて、来た道を戻った。
「小僧、行き先を教えな」
「親父殿、あんたが敵だって可能性もあるんだぜ?
話すわけないだろう」
「ハン、合格だ!!
行ってぶっ飛ばされて来い!!
それでも人生に飽きるんじゃねぇぞ。
飽きたら最後、堕ちて堕ちて堕ちて堕ちて、空っぽになっちまうぜ。」
階段を降りて、玄関のところまで来る。
「お兄ちゃん!!」
台所から包丁を持ってきた晴海がショーンに飛び掛ってきた。
「行かないで・・・」
包丁の刃先をショーンに向けてしずかに言う。
「お願い、行かないで・・・」
「急いでるんだ、あとにしてくれないか?」
もっともこの場合あとなんてないのだけれど。
父親の翔太は、この様子を眺めて・・・いない。
妹が飛びかかった時点で、「ハッ。」と笑って居間に戻ってしまった。
まったくどうにかした家族だ。
「行くんなら私を倒していって!!」
「馬鹿か?おまえ包丁なんか持ち出し・・・」
ショーンはとっさに飛びのいた。
服が裂けた。
目の前に赤い液体が少量、飛んだ。
「馬鹿!!お兄ちゃんの馬鹿!!
ちゃんと避けないから!!
あーあ、怪我しちゃって・・・」
言いながら近づいてくる晴海。
ショーンは普通に玄関の扉を開けて、そして外に出た。
「アリーべデルチ」
「え・・・?
今・・・私は・・・お兄ちゃんの前に・・・いたのに」
扉が閉められて、バタン、と音がする。
外はまだ暗い。
と言っても、午後9時ごろだろうか。
「お兄ちゃん・・・」
いつのまにか、晴海が玄関の外に立っていた。
「どうして・・・どこかに行っちゃうの?」
こんなこと、昔もあったな・・・
「どうして・・・繰り返すの?」
そう、能力に目覚めたころだ。
「もうどこにも行かないって・・・言ったじゃない!!」
再び包丁攻撃が開始した。
ショーンはなんとか避けきった。
が、連続攻撃を避けているだけで、何も変わらない。
「前も!!家出して!!いったい!!何がしたいの!!」
包丁をナイフかなにかのように、振り回す晴海。
その豹変振りにショーンはただ驚いていた。
ショーンは、晴海の腹部にケリを入れた。
晴海は一瞬、怯んだが、すぐに体制を立て直し、包丁を両手で持って突進してくる。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
まただ。
晴海の背後にすでに、ショーンがいた。
「おまえにはスピードが・・・なさすぎる。」
目で追うことは出来た、しかし体がついていかなかった。
「晴海、ごめんな、俺は・・・こんな奴でよ・・・」
ショーンは後ろから、晴海の肩を抱いた。
「なんで・・・なんで?」
晴海は、もう動かない。
ただ涙をこぼして、腕を下ろしていた。
いつしか手の力が抜けて、包丁は地面に落ちていた。
「どうして・・・いつも私にはお兄ちゃんが必要だった・・・
お兄ちゃんにも私が必要だった・・・なのにどうして」
「俺はもっと強くなるんだ。
おまえに頼らなくてもいいくらいに」
「嫌だ!!頼ってよ!!」
晴海はショーンの方を向いて、抱きついて、そして泣いた。
「じゃあな。俺は行くからよ」
その場にはもう兄の姿はなかった。
晴海はただ、崩れるように地面に座り込み泣いていた。
「おい、ブラコン野郎、いや、女郎。」
父親の声。
「最近、この辺じゃストーカーが流行ってるらしい。」
危ないから中に入れ、と言ってるようには聞こえない。
「さっき目を覚ました照美が荷物をまとめたってよ。」
「え?何?」
「偵察任務だ。奴を監視しろ。」
鞄が投げ出された。
晴海はその鞄が自分の物だと認識すると手に取って中を見た。
デジカメ。他には宿泊用のツール一式が揃っていた。
「え、ええ?ええっ!?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?」
「いっこうに“お”までたどり着かないな。
この辺ではストーカーが多い。
奴もそれは知ってると思う。
そのストーカーに成りすませばいい」
「余計ダメじゃん」
「ああ、そのとおり。
おまえが諦めて帰ってくるのを待ってる。
任務を言いつけといてってのもあれだけどよ。」
ショーンは暗い夜道を歩いていた。
背中に視線を感じて振り返ってみた。
誰もいない。
ここいらではストーカーの噂が絶えないのを知っていた。
「やれやれ、俺もストーカーに目をつけられちゃったのかな・・・」
正直、軽口を叩いていられるほどではなかった。
次の基地に行くまで飛行機を使うので飛行場まで行かなければならない、
その距離をずーっと着け回されるのは精神面において、酷というものだった。
「こんなことなら晴海をつれてくるんだったな」
「でしょ、やっぱり」
ショーンは振り返った。
が、誰もいない。
本格的に怖くなってきたので走り出した。
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