第27話「三姉妹」
パルティ・ド・ティオレイドと陰の鎖がオーストラリアに来てから数日。
一週間という日にちまでは経っていない。
その日、オーストラリア支部の隊員が、ワイズマンとの接触があったと報告があった。
最初にそれを知ったノーウェン、それから情報担当のレーオンは、
早急に、連絡があったその事務所に向かった。
たった二人で心許ない所もあるのだが、いくらなんでもワイズマンも街中で戦闘を繰り広げようとは、思わないだろう。
ワイズマンにも、目的があるのだから。
世界を敵に回してまで、厄介事を背負い込むほど力持ちな組織でもないということだ。
ノーウェン達が、タクシーを使って事務所についたとき。
時刻はだいたい午後二時。
出発前に昼食を済ませておいたので、これといった空腹感だったり疲労だったりは大してなかった。
事務所に入り、受付を済ませて二階に上がる。
廊下が続いていて、両脇に部屋が二つずつ。
一番奥の右側の扉に、曇ガラスの所に『P』と書かれたプラ板が貼ってあった。
二人はその前に立って、ドアをノックした。
中からの返事はない。
「しつれいします」
言ってノーウェンは、中に入った。
そこには、連絡をくれた隊員がいるはずだったのだが。
「・・・んー?」
荒らされた形跡。
書類などファイルやらが、床一面に散らばっていた。
棚の上に無事、残っていたのは日本の文庫本のみ。
「・・・おい!!」
レーオンは、言った。
紙が砂場の砂山のようになった所に、目をつけて。
初め、ノーウェンは、レーオンを不思議そうに見ていたが、しばらくしてその意味を理解した。
血。
床には、紙の下から流れている血。
紙の山の中から埋もれた手がはみ出しているのを見つける。
ノーウェンとレーオンは、その手をつかんで引っ張り出した。
「・・・」
死体だった。
「先を越されたか・・・」
「一体誰が・・・」
二人は、その死体の検証を開始した。
すぐに見つかったのは、おそらく、一番の死因になったであろう、腹部の傷。
傷の見た目から、鋭利な刃物での殺傷、しかもとても大きい物になる。
「斧とか、鉈か・・・?」
「日本刀のような剣もありえる。」
もちろん、そんな武器になるようなものは、すぐ近くに落ちているはずもなく。
「レーオン、受付に行って、救急車を呼ぶように行ってくれ。
ここの事後処理は俺がやる。」
「ああ、頼む。
彼が調べたこと、彼が接触したというワイズマンに関するデータは全て、処分、いいな?」
「あいよ。」
レーオンは、ドアを開けて廊下に出ていった。
ノーウェンは、死体を掘り起こした紙の山の中から一枚一枚、取って見てみた。
それは、なんてこともない、事務的な、報告書に、調査書、清算書などの束だった。
残念ながらその中から、ワイズマンにつながるデータは、見つからなかった。
「なんかあればいいけどな・・・」
紙の束を、シュレッターにかけてゴミ箱に入れた。
幸いにも、ゴミ箱には、ゴミ袋が中に敷かれていて、ゴミ全部をまとめあげることができた。
次に、ノーウェンは、ファイル類を全て予備のゴミ袋に入れて、封をした。
二つのゴミ団子の出来上がり。
とりあえずノーウェンは、おそらくここの隊員が使っていたであろうデスク、この部屋のデスクを調べることにした。
そのとき、携帯電話が鳴った。
「はい。」
『俺だ。レーオンだ。窓の下にいる。
処分するものは全てそこから落とせ。』
言われて、窓を開けてみる。
下に、携帯電話を持ったレーオンがいた。
「片方はまだ使えそうなデータだ。」
『わかった。』
ノーウェンは、窓からゴミ袋二つを落とした。
街を歩いていた一般人は、少なかったが、それでも不審そうに見られていた。
レーオンは、そのゴミ袋を裏路地に持って行き、緑色のちょっと汚れた公衆大型ゴミ箱に捨てた。
ゴミ袋一つを残して。
ノーウェンは、模索していたデスクの中に、封筒をみつけた。
それを開くと。
『君たちがここに来るであろう前に、きっと私は殺されているだろう。
君がこの手紙を読んでいるとすればそうなっている。
私は危険を冒してしまった。
単なる好奇心で。
ただ、ワイズマンの意図はつかめた。
目的はただのテロリストじゃない。
そうだ、休暇にでも、僕がよく行く図書館に行くといい。
あそこは、いい。
あまり小説は読まない方なのだが、『海賊と鍵』という話は面白かった。』
ノーウェンは、その手紙をポケットに仕舞って、部屋を出ていった。
一階に降り、受付に立ち寄って、「故人に御悔み申し上げます」と言った。
「他のワイズマンが潜伏してるかもしれません。
ここはいいですから、早く・・・。」
「ありがとうございます。」
ノーウェンは、受付の人に軽く礼をして、その事務所を出ていった。
レーオンとノーウェンは、合流し、再びタクシーに乗った。
「おい、そういえばファイルの類の袋はどうした?」
「ノーウェンが調査してる間に、全部調べたが、
これといって、何も見当たらなかった。」
「そうか。
・・・そうだ、『海賊と鍵』って小説知ってるか?」
「ああ。知っている。
作者は確か・・・アロン・スーア。
それがどうかしたか?」
ノーウェンは、指鳴らしをした。
「運転手さん、この近くの図書館へ行ってください。」
「はい。」
運転手は、道を変えた。
「おい、その本のデータなら、本部から取り寄せればいいだろ。」
「いや、これに意味を感じる。」
言って、ノーウェンは、手紙をレーオンに渡した。
「すごい発見だな。」
タクシーは、しばらく街の中を運転して、それから図書館に着いた。
なんとも古めかしい図書館。
大きさからして、市立図書館ほどの規模も無さそうだった。
二人は、タクシーから降りて、図書館に入る。
「今日はもうすぐ閉館ですよ」
「お構いなく、すぐ借りていきます」
カウンターに出てきた老婆に言って、本棚の列を探す。
レーオンは、すぐに目的の本を見つけた。
「これか?」
「ああ、そうだ。」
レーオンは、一度中を開いてみた。
「懐かしいな。子供のころに読んだ。」
「そうか。どんな話だ?」
「海賊がいて、それがオーストラリアに渡ろうというとき、
間違えてその北にある島国についてしまうんだ。」
「早速オーストラリアか。意味深だな。」
「そこは、すごく発展している国だった。
陸に上がった海賊を快く迎えてくれたのは、一人の魔女だった。
炎を操る魔女。」
その本を借りようと、カウンターに向かいながら話す。
「まぁ、その魔女は、鍵と呼ばれる金色の矢を持っていて、それを壊そうと専念していた。」
「売っちゃえばいいのに。」
「だが、それはできなかった。
何故か。
その矢を集めて、一定の距離間をおいて地面に刺す。
一本を除き、全ての矢を刺し終えた時、その矢周辺の地域の生き物は全て死に絶える。」
「すげぇ・・・」
「そして、その生き物たちの知識、体力、精神力を最後の一本を持った奴が回収できる。」
「・・・」
レーオンは、カウンターに本を置いた。
「貸し出しカードはお持ちでしょうか?」
「カード?」
レーオンは、財布の中からカードを探して、そして出した。
「キャッシュカードで悪いが、これ売ってくれないかな?」
「いいですよ。」
レーオンは、結局、『海賊と鍵』を買うハメになった。
「ノーウェン、半額持ってくれよ。」
「・・・」
ノーウェンとの割勘で。
ホテルに戻ろうと、待っていてくれたタクシーに乗ろうとしたが、
運転手は口から血を流して、死んでいた。
「あらあらあら?その本なぁにぃ?」
「!?」
二人が振り返ると、図書館の屋根の上に。
女が三人いた。
真ん中の一人がしゃがみこんで、ノーウェンとレーオンを見て、ニッコリ笑っていた。
身長が中でも一番低かった。
が、派手なファッションに、派手な底上げブーツで、身長を大きく見せようとしているようだ。
「誰だあんたら」
レーオンが、言った。
「・・・石原麻子・・・」
一番物静かそうな、スーツ姿の右側の女が言った。
「そして、あたいが石原勇子。」
左側の、革ジャンを着た、元気そうな女が言った。
「あたしー、はぁー、石原吉子!!」
不気味にハイテンションな、真ん中の派手な女が言った。
「やっぱり日本人か。
そんな妙な服装の野郎は・・・秋葉でしか見たことない。」
ノーウェンが、「行ったことあるのかよ・・・」と呟いた。
「なんかムカつくよ、今のは・・・」
そう言って、勇子が降りてきた。
「・・・妙・・・な・・・服・・・装・・・」
麻子も同じく、降りてきて、静にノーウェンとレーオンに近づいていった。
「えーっと、一体なんなんだ?
おじさんたちに用かな?」
ノーウェンが言った。
レーオンが、ノーウェンを睨む。
「俺はまだおじさんじゃない。」
最後に残っていた、吉子が、屋根から下りてきて、お腹に手を当てていた。
「どうした?お腹痛いのか?」
「ん・・・うん・・・・・・ぷ・・・はははははは!!」
突然笑い出した。
「お腹痛いお腹痛い!!ヒーッ!!ひはははは!!」
「おいおいおいおい、壊れちまったのか?」
ノーウェンが言った、そのとき。
パンッ!!
「え・・・?」
破裂音と共に、街灯が割れて、破片がノーウェンに飛んできた。
ノーウェンは、タクシーの中に入り込んで、それをやりすごした。
「危ないなー・・・物にも寿命があるってこと・・・」
言いながらタクシーを降りるノーウェン。
しかし、そこには、石原と名乗った三人はいなかった。
「レーオン、今の奴等は・・・?」
見ると、レーオンに、ガラスの破片が刺さっていた。
「おい!!大丈夫か!?」
「ああ、これぐらいは、まぁなんとか。
それより、どうしたんだろうな。」
レーオンも辺りを見回す。
「とりあえず救急車だろうな。」
「ああ。今日は死人が多すぎ・・・」
最後の「る」を言い終わる前に、気付いた。
いや、見た。
靴が、建物の角を曲がって、飛んできた。
重みのありそうなブーツが。
「伏せろ!!」
ノーウェンが言って、レーオンとそのブーツを避けるように伏せた。
が、ブーツは、伏せたその体に落ちてきた。
「ぐぁっ!!」
ノーウェンの背中にブーツが降りていた。
「くそっ!!なんだこれは!?」
「おそらく・・・ユ・ティオール使いだろう。」
言って、その場を離れようと、歩き出した瞬間。
「その場にいると、運転手が数秒間ゾンビになる確率・・・100%・・・」
どこからともなく、声が聞こえてきた。
ノーウェンと、レーオンは、その声に聞き覚えがあったので、辺りを見回した。
「お、おい!!」
レーオンが、悲鳴にも似た叫びを発した。
ノーウェンは、レーオンが見たものを、同時に見つけて、言葉を失った。
目に光を帯びぬ、体が、そこに。
「マジかよ・・・」
さっき、死んでいると思っていた運転手が、血を流しながらも、そこに立っていた。
そして、それは、ノーウェン達に、ゆっくりと向かってきていた。
「ゾンビ・・・って奴かい。」
「頭を吹っ飛ばせば一撃で倒せるさ。」
ノーウェンは、振りかぶって、拳をその頭に叩きつけた。
ゾンビは、フラフラと、後退していき、最後には倒れた。
しかし、再び、立ち上がってきた。
「本気でやるか・・・」
「本気じゃなかったのかよ。」
ノーウェンは、右手を熊手型にして、後ろ側に回した。
左手を、ゾンビの目の前に見せるように、構えた。
「これをやるのは久しぶりでさ。
疲れるからな。」
右手に力をためる。
「サニーデイクロワッサン!!」
大振りで、外回りで、右手を、右腕を、ゾンビの顔面に振り切った。
ゾンビの首から上が消し飛んだ。
「えげつないねぇ。」
「これが俺のユ・ティオール。
力のユ・ティオールだ。」
「紹介はいいから、さっさと逃げるぞ。
それから、警察とかは・・・まぁ本部に任せるか。」
二人は走り出した。
「結局、さっきのなんだったと思う?」
ノーウェンは、レーオンに聞いた。
「単なる偶然とは思えんな。」
レーオンは、バス停を探しながら走った。
「ユ・ティオール使い・・・しかも二人以上だ。」
「尾けられてようが、なかろうが、本気で撒くぞ。
ホテルに戻るしかないんだ。今は。」
「その道を使うと・・・タンクローリーの爆発事故が起こる確率・・・80%」
二人は、すぐに走行をやめた。
そして後ろを振り返ってみる。
この辺りに来たのが昼間過ぎだったから、今は夕方になりかかっている。
その街では、会社や学校からの帰宅ラッシュの時間。
民間人が多すぎる。
「聞こえたよな?タンクローリーだとよ・・・。」
「そいつはすこぶる不味い。」
二人は辺りを警戒しはじめた。
道路を挟んだ向こう側、そこにあった銀行が、アラームを鳴らしていた。
「強盗だ!!」
警察が、強盗を追っている。
そして、横断歩道に差し掛かって、強盗は道をこちら側に向かってきた。
そして、警察が、道の反対側から、銃を向けた。
そこに、運悪く、タンクローリーがつっこんできた。
警察が撃った弾丸は、強盗には当たらなかった。
彼等を隔て切ったタンクローリーに、銃弾は当たった。
そして。
何も起きなかった。
「こいつは・・・残りの20%ってことでいいんだよな?」
「さあな。」
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