飲酒運転の夜

 目覚めたのは、若者たち特有の騒がしさの所為だった。
 木目が綺麗なテーブルを前に、俺は首をぐったりと項垂れていたらしく、首の筋肉が少し痺れていた。
 まず、周囲を見渡した。同じテーブルがいくつか並んでいて、ソファがある。オレンジ色の蛍光灯が天井に一つのテーブルごとに間隔をおいて設けられている。
 俺が座っている側は、通路とテーブルを隔てるための壁がある。俺はそこに寄りかかって寝ていたらしい。
 さて、ここまで認識できたのはいい。俺は一体、どこにいるか。 そうだな、病院のベッドだったり神聖な聖殿の祭壇の上だったりしたら少しでも面白みがあったろう。楽しめただろう。
 パッと見、お洒落なレストランにも居酒屋にも見える。
 外は真っ暗で、窓ガラスには蛍光灯の光と店内の景観が反射する。
「おー! 起きたかー!」
 ああ、なるほど。この人か。
「ほれほれ、おまえも飲めって」
「いやいや……」
 俺が、俺たちが占めているテーブルの、俺から見て右斜め前の席に、彼女は座っていた。
 彼女は、みんなから姉御と呼ばれている。身長170cm、腰まで伸びた黒い髪、そして酒豪。彼女がどう姉御なのかは、未だに分からない。いつもの仲間の中で年長者だからというだけの理由なら、今後は姉御と呼ぶのは辞めよう。
 俺と、姉御、そしてナッツン、古雅の四人は、普段からの遊び仲間だった。今日はそれに加え、普段は姉御とツルんでる坂木とタヌキが来ていた。
 座席は、俺の右にナッツン、奥の席(いわゆる誕生日席)には姉御、ナッツンの向かい側に坂木、坂木の右にタヌキ、古雅はタヌキの右、という感じだった。
「そういえばさぁ」
 姉御が言った。酒臭いから喋らないで欲しい。
「あんたが、大川と飲んでみたいって言ってたんじゃん?」
「そうだっけ? それがどうした?」
「もう。照れちゃって。せっかく座席セッティングしてあげたのに」
 は?
 ゆっくりと左を見る。黙々と日本酒をすすっている少女が一人。
「何?」
 身長160cm程。前髪が目にかかっていて、表情は窺いかねる。俺と同い年で、普段から大人しい子。彼女は俺の顔を見つめている。
「大川、おまえって意外と飲むんだな」
 大川をこういう席に連れ出すのは初めてだ。というか、喋るのも初めてかもしれない。
「お酒、初めて」
 きみの目の前に、空の一升瓶が三本立ってるから説得力皆無だ。
 それにしても、顔が白い。見とれてしまう程、白い。元々、大川は美人疑惑がある。実際、美人だと思う。こんなにも飲んでるのに顔が赤くならないのが不思議だ。
「へぇ、酔わないんだね」
「……」
 えっと……。
 無視されても挫けないもん。
「そういえばさぁ、大川って、いつも何してるの?」
「ゲームしてる」
「どんな?」
「……しい」
「え?」
「は、恥ずかしい……から……言えない」
 そう言って、彼女はそっぽを向いてしまった。あいかわらず表情は変化を見せない。本当に恥ずかしがっているのか?
 しかし、こういう仕草をとってみても、可愛い。
「何してんのよ」
 タヌキが言った。こいつは、ポッチャリ系で酷く空気の読めない女。しかも自意識過剰。
「あ、あ、大川さん、飲みすぎじゃない?」
 タヌキをさえぎるようにして、坂木が言った。世話焼きな感じの女の子だ。
「それにしても、女子多いよな」
「そうだね。男は俺とおまえだけだから」
 この場にいる男は、俺とナッツンのみ。
 ナッツンも、2,3,年上で、姉御を狙ってるとか。
 姉御が俺を見て言った。
「あー、大川ね、言っとくけど、難攻不落だから」
「は!? バ、バカ!! 何言ってんだよ!!」
 ビールが鼻から出そうだった。
 難攻不落、か。確かに見た感じ、大川はお嬢様っぽい所もあるが、俺にはいつもボーっとしてる子にしか見えない。 本気でボーっとしてるとは思ってないが、普段からアンニュイな空気をかもし出しているから、話しかけづらくは、あった。
 だから、今回。今回は姉御に頼んだのだ。「大川を飲みに連れ出してくれ」と。
 大川を落すつもりが全くないと言えば嘘になるが、俺は単なる興味で、好奇心で、彼女と話してみたかっただけだ。
 が、間近で見るとそれ以上の願望が沸かないでもない。
「ねぇ、カクテル作ってよ。ってか作れって感じ」
 タヌキうざい。
「あ、あ、えっとね、カクテル? カクテルは、メニューにないよ?」
 あったらタヌキも言わないだろ。
「レシピないと作れないだろ。そもそも材料だってないだろ」
 俺が言うと、古雅が真正面からビール瓶とワインボトルを差し出した。
「ん?」
「これ使って」
「無理だから」
 それら二本をナッツンに横流しした。するとどうしたものか。ナッツンがちゃんぽんし始めた。やはり、年上には頼ってみるものだな。
「なぁ、大川」
 俺は指で狐を作って、腹話術の要領で話した。
「最近、面白いゲームあった? ねぇ、ねぇ」
 しつこく聞く。執拗に話しかけた。後になって思い返し、この時の自分を呪いたくなった。きっと俺も酔っていたのだろう。
「……」
「なんか言ってよ。俺、寂しいと死んじゃうんだぜ」
 すると、大川は俺の真似をして、言った。棒読みだったが、言った。
「大川ブーメラーン」
「えっ……」
「……」
 彼女は、何事もなかったかのように日本酒をすすり始めた。
「えっと……大川」
「何も言わないで」
 大丈夫、玉砕したのは君だけじゃない。俺も感じている。周囲の視線を。
 俺がいじめっ子か何かに、思われてる気がする。俺の所為じゃないのに。
 大川は、店内にかかっている時計を見て、立ち上がった。おもむろにコートを着て、テーブルに置いてあった携帯電話もポケットに仕舞った。
「私、ちょっと行きたい所あるから、帰るね」
「え!?」
 大川は、店の入り口に向かった。
 姉御のアイコンタクトを受けて、俺も即座に立ち上がり、彼女を追いかけた。
 すでに店の外に出ていたので、俺も必然的に店を出ることに。
 店を出てすぐに駐車場になっていて、屋根があってよかった。雪が降っていたのだ。
 そんな中に大川は出て行った。
「ちょっと待ってよ。帰りはどっち方面? 俺、S駅方面なんだけど」
「私は、T駅の方」
「じゃあ、一緒に、途中まででもいいから、一緒に帰ろうよ」
 声にも顔にも出さなかったが、必死だった。というか、焦っていた。きっと俺は、彼女に惚れてたんだと思う。
「電車、一緒だろ? なぁ」
 大川は、そんな俺に愛想をつかせたのか、ため息を吐いた。いや、元々つくすだけの愛想があったのか分からないが。とにかく、彼女はつまらなそうに、ため息を吐いた。
「バイク取ってくるから、中で待ってて。荷物も中でしょ」
「え!? あ、おう!!」
 少しだけ、驚いた。彼女が、バイク。あんなぼんやりした性格で、何を考えているのか分からない子が、バイク。イメージがつかない。というのは、そのままの意味で、想像が出来ない。
 俺は、彼女に言われたとおり、店の中に戻った。
 仲間達は、すでに帰り支度を始めていた。
 ナッツンがトレンチコートを着ていたことを不思議に思い、聞いてみると、俺のコートだった。お互い、色の似た物を持っていたから、間違えるのも無理ない。
 俺はコートを着て、カバンを持った。
「なぁ、どうなんだよ」
「何が?」
「城は落せそうかい?」
「姉御のおかげで、攻め入る気には、なったよ」
「そりゃよかった」
 言って、満面の笑みを見せる姉御。姉御のこの笑顔、好きだ。美人だからな。これをナッツンが独占するということを考えると、少しだけ惜しい気もする。
 こんな立ち話なんてしてる暇もない。すでに大川は店の外で待っているかもしれない。雪の夜の中、女の子を待たせるなんて神経、俺は持ち合わせていない。
「じゃ、行くよ」
「立派に散って来い」
 俺は、先に店を出た。背後でタヌキが「おい! おまえ先に逃げるのかよ!」とか言ってたけど、無視した。姉御がタヌキを抑えてなければ、今頃、俺はタヌキのエサになっていただろう。
 駐車場を出る。もう雪は止んだようだ。いつから降ってたかしらないが、タイミングが良すぎやしないか?
 目の前に、黒い大型バイクが止まっている。フルフェイスのヘルメットを被った人が、そのバイクに跨っていた。
 その人は、俺に気付くなり、手招きした。そのとき気付いた。
「大型の免許なんて、いつ取ったんだ?」
「先月」
「へぇ……ニケツ歴も長いのか」
 俺は、彼女から受け取ったヘルメットを被って、バイクの横に来た。跨りながら聞いた。
「後ろに人を乗せるのは初めて」
「へっ!?」
 思わず、声が裏返ってしまった。
「おい、いいのかよ!? その最初の人間が俺で」
 言ったが、エンジン音でかき消された。
「ちゃんとつかまってて」
 言いながら、すでに発進してる。発進する前に言えよ。
 で……つかまってて、か。
 俺が取りうる選択肢は三つ。わき腹、肩、あえての胸。
 まず胸は却下だな。俺もされたら嫌だもん。じゃあ肩かわき腹。わき腹だと弱い人いるかもしれない。
肩だと運転に支障が出てしまいそうだ。
 悩んだ挙句、俺はわき腹よりちょっと上、下乳に触れるか触れないかぐらいの所につかまった。
「――!!」
「え? 何?」
 聞こえない、と言おうとしたが、相手からの声が聞こえないなら、自分からの声も聞こえないか。
 彼女は、強引に俺の手を下にずらし、太ももをつかませた。
「そこはいいのかよ!」
 きっと、彼女には聞こえていない。
 バイクは速度を上げた。店の前の道を数十m進んで、右折。
 そのまま進行した。
 俺は考える。
 これから彼女とどうやって仲良くなっていくか。姉御の言うように、どうやって攻め入るか。難攻不落の
城を、どう攻略するか。
 俺は、少しずつ、眠気に気を許していた。眼前が、白く、光っていく。
 それでも少女の温もりは、未だ感じながら。

 気がつくと、自分の部屋のベッドだった。

 the end...
 

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