大喜利の子

 それは、とてもシンプルな出会いだった。その日、俺はアブノーマルな奴とのシンプルな邂逅を果たした。
 話は至ってシンプル。俺が不良グループに絡まれていたところを助けられた。
「兄さん、僕ら今困ってるんだよねー」
 絶滅危惧種だと油断していた。この街に入る前から治安の悪さは聞いていたが、まさか本当に、こんなシンプルにカツアゲする奴等が残っているとは。
「君たちは今、困ってる……具体的に?」
 あくまでも冷静を装いつつ、あまり逆上させないように話す。ここはスキを作って逃げるのがいい。
「マネーだよ、マネー。分かるかい」
「やっぱり……か」
「おおっ、物分りがいい!」
 手提げ鞄の中を弄る動作を見るに、嬉しそうにする奴等。左に二人、右に三人、そして正面に今俺と話してる奴。六人は、結構辛い。全員、十代後半ぐらいの若者だ。
「あ……あれ?」
 とぼけて見せる。次の俺のセリフを察してか、表情が強張っていく彼ら。
「さ、財布ないなぁー」
 棒読み。
 直後、正面の男が、俺の胸倉を掴んで引きずり落とす。と、同時に。
「ぐぁっ!」
 振った腕を戻し、体勢を立て直す。財布の代わりにくれてやったメリケン。これでなんとか時間が稼げた。
「て、てめぇ!」
 他の五人の逆鱗に触れてしまった。さぁ、ここからだ。
「俺の足技をッ!」
 俺が叫び、構えると、奴らは怯んだ。思ったとおりだ。
「くらえッ!」
 言いつつ、反転して走る。全速力で、奴等がついてこれない所まで。背後からは「くそ! 待ちやがれ!」など罵倒の声が聞こえる。
 とは言え、どこまでも逃げられる程体力はない。ええい、交番はどっちだ! 街に慣れてないと、こんなものか。
 走って走って、ひたすら走って、気がつくと、行き止まりに到達した。
「もう逃げ場はねぇーぞ!」
「金を出しても許さねぇ!」
「ぶっ殺してやる!」
 二十四年という短い生涯だったが、幕切れはこんなものか。しかし、無抵抗でやられるわけには、いかない。
「行き止まりに誘い込まれたのは、おまえたちの方だ!」
 負け惜しみを言ってみる。実は、100%ハッタリというわけではない。行き止まりは、背後の心配をしなくていい。
「ふん! 謝るなら今のうちだぜ!」
 彼らは、ナイフを取り出した。謝らせる気は、皆無らしい。俺に出来ることと言ったら、左足を半歩前に出し、若干内股に構えること。そして両腕を顎の前に。
「死ねェーッ!」
 一番手、威勢良く飛び出した彼は――俺の目の前ですっころんだ。何事かと思った。
「へっへっへっへー。1、2、3、4、5、6……いるいるいるいる!」
 横から小柄な女性が出てきた。いつからいたんだ。
 彼女は、倒れた男の後頭部を踏みつけた。酷く鈍い音がして、男は声もなく気絶した。
 気絶。今のは、分かる。
「足刀……」
「やっぱり、わかるんだ」
 足の側面は、甲や裏で蹴るのと違い、鋭さが増す。何かの雑誌で読んだことがある。
「て、てめぇ何者だ!」
「ん? なんだろねぇ、なんだろぅねぇー! 君たちから見たら悪い奴だよ!」
 彼女は、よく見ると本当に小柄で、華奢で、何故に啖呵切ってるのか不思議である。黒いシャツの上に、網目状の赤いブラウスを羽織っている。丈の短いカーゴパンツのベルトには、何故か瓢箪の実が引っかかっている。顔は背を向けられて見えないが、髪の毛が非常に長い。
「女だろうと、容赦しねぇ!」
「やるかい、この私と」
 言って、腰につけた瓢箪を持ち、ヘタの部分に口をつけた。なるほど、水筒だったのか。しかしそのセンス、良いとは言えないな。
「飲めば飲むほど……強くなるぅ〜……うぃー」
 さっきから言動を見ていて感づいていたが、本当に酔っ払いだ。ただの酔っ払いだ。俺の二十四年間を、酔っ払いと一緒に終えるなんて。
「ぎゃはははは! 馬鹿じゃねぇーかこの女! 死ねやー!」
 多方から、ナイフが迫るが、彼女は怯まず、落ち着いていた。そして飲んでいた。
「ぎゃあああああ」
 一人、目つきと金的。
「ぐほぉ……」
 二人、前蹴りによる内臓打撃。
「くらえ!」
 三人、ナイフを振り下ろした所にカウンターで掌底。くらえ、なんて叫んではいたが、倒れる時は一瞬にして気を失い、悲鳴も出なかった。
「後ろが、がら空きだ!」
 四人目が彼女の背後から迫る。しかし、驚きもせず、振り向きもせず、そのまま――
「がふっ!」
 小柄な体を、ナイフを振り上げ無防備になった男に、ぶつけただけだった。彼女はただ、バックステップをしただけだ。カウンターには、それほどの期待が持てるという意味を思い知らされる。
 そして五人目。突き出されたナイフを、瓢箪で弾き、その腕を返して額に叩きつけた。
「す、すげぇ」
 一瞬にして、六人のチンピラを倒した。俺が感嘆の声を上げると、彼女は振り返った。
「なに、大したことないネ」
「中国人?」
「いや、れっきとしたジャポネーズだよ」
 さっきは背後しか見えなかったが、正面を見ると美人だった。スタイルもスラリとしたモデル体系だった。顔は、どこか幼さを感じさせる。
「ありがとう、助かったよ」
「礼は、酒でしてくれよ、酒で」
 うへぇ、やっぱりかよ。見た目はよくても、酒臭いよ、この子。
「あ、計画変更♪」
 彼女は、嬉しそうに俺を見る。
「なんだよ……」
「本日七人目の相手は君だっ!」
 ビシッ!
 そのちっこい人差し指を、俺の鼻先に立てた。
「ちょっと待てよ、俺はただのサラリーマ」
「嘘ついたら舌を抜かれちゃうよ、ボクサー少年」
 こいつ……
「悪いね、メリケンサックで殴るところから見てたんだ」
「だったら、その時助けろよ!」
「私のダーリンは気まぐれでねー」
 言いながら、瓢箪に頬擦りする。そんなに酒が好きか!
「ほい!」
「うわぁっ!」
 なんの前ぶりもなく出された回し蹴りを、なんとか回避した。
「なんなんだよ!」
「私ね、修行中なの。だから武道家と困ってる人には必ずケンカを売るのさ」
 さっきの奴等も困ってるって言ってたけど、他の人にやったら、ただの嫌がらせだぞ。
「ねぇー、だから勝負してよー」
「く、くそ! やってやる!」
「お、ラッキー! 明日、学校で」
 喋ってる途中で悪いが、ボディブローを入れてやった。さっきの仕返しだ。
「なっ!」
 俺のボディブローは、完全に彼女の腹部を捕捉していた。事実、当たっている。しかし、硬い!
 これは、雑誌を入れてるだとか、そういう小細工の硬さじゃない。しっかりと、俺の拳には肉の感触がある。
「驚いたかい、私のここは……弱点じゃない!」
「痛っ!」
 脛を蹴られた。前かがみになった所、額に肘鉄を入れられた。
「おっ?」
 そして、少し驚いたような声をあげる彼女。
「もらった!」
 その矮躯のわき腹に拳を突き入れた。なるほど、横からならば、ダメージが望めるようだ。
「俺のここは、弱点じゃない」
 自分の額を指して言ってやった。
「ふーん、強いんだ」
「君も、ね」
「お兄さん、この街の人?」
「最近、越してきた」
「ふーん」
 彼女は、興味なさそうに言って、また瓢箪の酒を飲んだ。
「そろそろ帰っていいか?」
「そっか、お兄さん社会人だもんね」
「そういう君は?」
「学生生活エンジョイしてます」
「高校生か?」
「違うよ。昌平小学校」
「え」
 耳を疑った。小学生。
「ちょっ……」
「ん?」
 まさかリアルで「え」「ちょっ」って言う日が来るとは夢にも思わなかった。
 小学生なのにこの美貌、小学生なのに六人のチンピラを倒した、小学生なのに二十四の俺と戦える。
 ツッコミどころは数在れど、まずはこの国の法について言っておかなきゃならないことがある。
「未成年が酒飲むなよ!」
「わっ、うるさっ」
「聞きたいことは山ほどあるけど、まずこれだけ言っておく!」
 とりあえず言うだけ言っておくか。
「未成年の飲酒は心身共に悪影響を及ぼす!」
「うるさいなぁ。これは酒じゃなくて、さくらんぼジュースだよ」
「嘘だッ!」
 酒臭いもん。
 納得できない俺に瓢箪を差し出す彼女。飲めってことらしい。今は昼間ってことと、間接キスとか、色々解決しなきゃ問題は多かったが、急かされたので仕方なく飲んでみた。
「ね? さくらんぼジュース」
「ああ、確かにさくらんぼに似てるかもな。でもこれ、シンガポールスリングの味がする」
「シンガポールスリングっていうさくらんぼジュースだよ」
「ジンだよ、それは!」
「エゴじゃなくて?」
 さすが、逆政令指令都市A街。小学生でも分かるんだな。しかし、認めるまでつっこむぞ。
「ジンだよ、それは!」
「プロトタイプ」
「ジンだよ、それも!」
「風間?」
「仁だよ、それは!」
「塞がれた瞼から、流れ出っしーたー涙ー♪」
「じっ……インだよ、それは!」
 今のは難しかった。
「他の三人が捨てた牌で刻子を作ります」
「ポンだよ、それは!」
「520円の商品を1020円払ったんだよ! お釣りが400円だったんだよ!」
「損だよ、それは!」
「何を仇で返すだっけ?」
「恩だよ、それは!」
 言い合って疲れたけど、俺、めげないぜ。

 その日、俺は大喜利娘とのシンプルな邂逅を果たした。


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