カッコいい姉

 

小学生の頃、その性格からイジメを受けていた俊(しゅん)は、泣いて帰ることなんて日常茶飯事だった。
筆箱と上履きを隠され、トイレの個室に入った所を閉じこめられたり、ランドセルの中に生きたカエルを入れられたりした。
それを察知した俊の姉は、即座にイジメっ子への報復に出向いた。
俊は三年生で、姉の水(みな)は、四年生だった。

水は、俊のクラスの中心核でありイジメも助長している男子に目をつけ、
彼を廊下の端から端までひきづりまわし、最後にトドメと言わんばかりに階段から突き落とした。
幸い、その生徒に怪我はなく、大沙汰になることは無かった。

大柄でケンカの強い男にも挑んでいった。
学年がひとつ違うだけで、男子と女子との力の差は、どうあがいたって生まれてしまう。
しかし水は、なんなくその男子生徒を倒したという。

水のおかげで、俊も余り虐められなくなっていった。
しかし水が卒業したあと、六年生になった時の俊に、それまで勢いが枯れていたいじめっ子達の復讐が起こった事は言うまでもない。
その一年間、俊は虫けらの如く扱われるかに見えたが、
やはり中学帰りの水が小学校に立ち寄り、片っ端から制裁を下していった。

二人は家庭でも仲がよく、空腹には手料理を、退屈には演芸を、寂寞には温もりをお互いに与えあった。

俊にとって水はカッコいい姉であった。
目標であり、希望であり、夢であり、尊敬していた。
何よりも、純粋に好きだった。

俊は案外平和にすごせた中学生活を終え、高等学校への進学を決めた。
姉と同じ高校に入るために猛勉強したのが報われた結果だった。
俊は姉を追いかける喜びよりも、自分の力で高校に入学できたことに喜んでいた。

勉強に趣味に友達にと、お互いがお互いの道を歩み始め、だんだんと姉弟の距離は広がっていった。
ある日、水から俊に誘いの電話が入った。
今日、家の近くの公園で待ってる、と。

俊は放課後のチャイムを聞いてから下校の準備を始めた。
友人達と下校し、途中で別れた。
日はすでに西に傾き、陰から影が出ているのもうっすらとしか見えなくなってきた。

次の角を曲がった左手側に我が家が待っている。
が、今日はそれよりも先に寄り道だった。

目の前にある公園には、ブランコと、滑り台と、鉄棒しかない。
かろうじて砂場があるぐらい。
それから三人掛けのベンチ、女性が座っているベンチがあった。

俊はベンチに座った。
隣には水がいる。
「おかえり」
「ただいま」
と、ひとことずつ言葉を交わした。
「着替えてきたの?」
俊は、姉の様相を一瞥して言った。
高校指定の制服ではなく、私服姿になっている。
姉が特に気に入っているパーカーに短パン、いつも着てるように思う。
俊の視線は、短パンから伸びる太ももに集中していた。
「俊」
呼ばれて視線を姉の視線と重ねる。

顔が近い。
いつも見慣れているからいいけど、こうやって見ると美人である。
「私、好きな人がいるんだよね」
「へぇ、誰?」
「いきなり答えを焦るのは良くないぞ」
「意味分からん」
とりあえず話を聞け、と水は言った。

普段、話しかけてくるのは水の方だ。
俊は大抵、聞き手に回る。
だからと言って聞き上手というわけではなかった。
「俊も立派になったな」
「まだまだだよ」
「いやいや、昔と比べると成長した」
褒められてるのか、ただ思いつきのままなのか分からない。
俊は「もう止まってられないからな」と言った。
自分自身に言い聞かせるように呟いた声に、水は首を傾げた。

俊は、思い出す。
小学生の頃にイジメに合っていた事と、姉に助けられていたこと。
「俊は、学校楽しいか?」
「それなりに」
「友達とかいるのか?」
「数人いるよ」
「好きな子とかいるのか?」
「いないよ」
即答だった。
嬉しかった。

水は米神に指を当てた。
(即答したってことは逆に嘘かもしれない…)
俊は首を傾げている。
「俊さ、年上好き?」
「そうだね。年上と年下どっちかだったら年上好き」
「ふぅん」
「なんだよ」
俊が水の横顔を見つめる。
なんだかこれから重大発表!とでも言いたげな表情だ。
しかも深刻で、あまりよろしくない方面で。

俊は、少しでも姉を助けようと思って、思考した。
五秒とかからず実行。
姉の背中に手を当てて撫でる。

水は、俊の目を見つめている。
俊も目があって、水の表情から何かを汲み取ろうとする。
その目は、何かを決心しているような、決心したような、決心してしまったような、そんな意思を奥に秘めていた。
「な、何?」

俊が言う間もなく、水が抱きついてきた。
幼い頃に、添い寝してくれた時みたいに、俊は水に抱かれていた。
思いやりとかがない、自分勝手な、強引な抱き方。
締まる、痛い、極まってる。
だけど、俊にとってそれが一番落ち着く方法だった。
昔は。
「ちょ、何してんの?」

俊は、驚いていたが水を抱き返していた。
その肩は震えていた。
「何泣いてんの?お姉ちゃん、泣いてるの?」
「泣いてねぇよ、ばぁーか」
笑っていた。
「私にはやはり、俊しかいないのだなぁって思って」
「何言ってんの?恥ずかしい」
「恥ずかしい?別にいいじゃん、姉弟なんだし」
「姉弟だからだよ」

言って、水はベンチから立ち上がった。
軽く伸びをして、深呼吸。
「帰ろうか」
呆然として立ち尽くす(座ってるけど)俊を置いてけぼりで、話を進める水。
「お腹空いたし」
俊は苦笑して姉と同じようにベンチから立って、姉と同じように伸びをした。
「俺さ、好きな人、いるかもしれない」
俊が微笑みながら言うと、水もニッコリ笑顔で返す。
「それより俺、将来の夢何にしよう」
「お婿さんでいいじゃん」
「ダメだっつうの」
笑っていた。
「将来の夢なんてそう急ぐものじゃないでしょ。
まして俊は一年生なんだし、のんびり考えればいいわけだし、
時間とやる気さえあればなんだって出来るさ」
「お姉ちゃん、もうちょっと立派な事が言えるんじゃないかな?」
「ん?」
水はクスッと笑って
「理系なもんでね」と言った。
なんだか遣る事成す事は、立派だけど、言う事が語彙足らず。
「それに、恥ずかしいじゃん?」
そして鼻にかけない。

俊にとって、カッコいい人を挙げるとするならば、真っ先にこの姉を挙げるだろう。
それぐらい水はカッコいい姉であり、優しい姉でもあった。
「晩飯、何かな?」
「パイナップル入ってない酢豚」
「入ってなくて正解じゃん」
二人は昔のように手をつないで家路についた。
「好きだぜ、俊」



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